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背中に委ねる天秤

 かんぬきを乱暴に落とし、二人は重い鉄扉に背中を預けて激しく息を吐き出した。

 地上の埃と血の臭いが、肺の奥をちりちりと焼く。だが、息を整える時間さえ、この部屋は与えてくれなかった。

 すぐさま、背後の扉から――ドン! と、鼓膜を震わせる凄まじい衝撃が伝わってきた。鉄扉が内側に向かって微かに歪み、ルードの魔法無効の鎧が不気味な金属音を立てて軋む。追っ手はすぐそこまで来ている。

 時間を稼ぐために部屋の奥へ目を走らせたロムは、その中央に佇む「異形」を目にして、息を呑んだ。

「……なんだ、あれは」

 埃っぽい地下室の空気の中で、そこだけが陽炎のようにゆらゆらと空間を歪めている。それは、淡い光を放つ、半透明な光の輪――「扉」だった。

 ロムの鋭い洞察力が、その本質を瞬時に見抜く。この特異な魔力の波長、そして質感。間違いない、あの亡き魔導師がかつて使っていた空間魔術の残滓だ。

(あいつ、死ぬ間際にこんなものを仕込んでやがったのか……!)

 世界崩壊まで、残り一時間半。勝っても全てが消えるこの絶望の終着駅に、なぜあの魔法使いは自分たちを呼び寄せたのか。その答えが、目の前の半透明な扉だった。この向こうは、崩壊するこの世界の外――別世界か、あるいは過去へと繋がっている。あいつは、俺たちをここから逃がすために、最後の希望を遺したのだ。

 ドン! ドン!

 思考を打ち消すように、さらに激しい打撃が扉を襲う。閂が悲鳴を上げ、扉の隙間からコピーたちの狂気に満ちた殺気が容赦なく吹き込んできた。

 ルードは歯を食いしばり、その大柄な身体ごと扉にぶつけるようにして、全体重で衝撃を押し戻す。その横顔は鬼気迫るものだったが、ロムを一瞥した瞳には、迷いのない強い光が宿っていた。

「先に行けロム! あとから行く。必ずだ!」

 ルードの声が地下室に響き渡る。

 その言葉を聞いた瞬間、ロムの頭脳は過熱するほどの速度で、冷徹なまでの「状況演算」を開始した。

(待て。俺がここに残ったらどうなる?)

 感情は「戦友を置いていけるか」と叫んでいる。だが、ロムの理性がそれを残酷に否定した。

 元々、戦士としての純粋なパワーや質量は、大柄なルードが圧倒している。この化け物じみた衝撃は、ルードの体格でなければ到底抑えきれない。

 ましてや、今の自分は右足を負傷している。踏ん張りが利かないこの足では、扉を押さえる戦力にすらならない。ここで意地を張って残れば、助かるどころかルードの動きを制限し、ただの「足手まとい」になって共倒れするだけだ。

 自分が今すべきなのは、無意味な美学に殉じることではない。ルードが作ってくれたこの一瞬の隙を活かし、先に行くことだけだ。それが、二人とも生き残る可能性を、一パーセントでも残す唯一の合理的な選択肢だった。

 理性が導き出した冷酷な正解が、ロムの胸を激しく締め付ける。

 背後では、ルードが咆哮を上げながら、ひしゃげていく扉を必死に支え続けていた。時間はない。ロムは短剣の柄を、血がにじるほど強く握りしめた。


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