不協和音の足音
「……ロム、なのか?」
「ああ。お前がその大魔剣を右手で持っていて助かったよ。本物だな、ルード」
暗闇の中で交わされた最低限の確認。互いに武器の切っ先をわずかに下げたものの、完全に油断したわけではない。この狂った終末の世界において、背後を預け合える戦友が「本物」であるという事実は、言葉にできないほどの救いだった。だが、同時に二人の肉体はとっくに限界を迎えている。
ロムは引きずる右足の激痛を堪えながら、ルードと共にさらに深く、地下への階段を下り始めた。
静まり返った通路に、二人の重い足音だけが交互に響く。
張り詰めた空気を少しでも和らげるためか、前を歩く大柄なルードが、鎧を小さく軋ませながらぽつりと言葉を漏らした。
「……こんなに長かったか、ここ?」
その声には、激しい戦いによる疲弊と、終わりが見えない暗闇への微かな弱音が混じっていた。いつものルードらしい、どこか素直なボヤキだ。
ロムは自らの脳裏に刻まれた『あと二時間』という世界のタイムリミットをあえて口にはせず、いつもの冷静なトーンで短く返した。
「さぁ? あまり来たことないからなぁ」
いつも通りの、飾り気のない二人の掛け合い。それが、冷え切った地下通路の空気をほんの少しだけ温める。
右足の傷のせいで、ロムにとってもこの階段は永遠に続くかのように長く感じられていた。だが、一歩一歩を下り進めていくうちに、ようやく暗闇の奥、目指す「地下室の扉」の輪郭がうっすらと見えてきた。
あそこに行けば、あの魔法使いが待っているはずだ。
そう安堵しかけた、まさにその瞬間だった。
――ザザッ。
地上の喧騒からは完全に遮断されていたはずの空間に、異質な音が侵入した。
ギィ……と、二人が今しがた通り過ぎてきた、地上入り口の重い扉が軋む音。続いて、トントン、と階段をトントンと下りてくる、迷いのない足音が響き渡る。
二人の身体が、同時に凍りついた。
(――誰かが、入ってきた。このタイミングで、正確にここへ)
背後から伝わってくるのは、尋常ではない殺気と、血の臭いだ。
地上で醜い泥仕合を繰り広げていたあのコピーたちのうち、一体どれがこちらに気づいたのか。執念深く本物を殺しにきたロムコピーか、ブレーキの壊れたルードコピーか、あるいは満身創痍のまま獲物を探す隻腕の槍使いか。
「チッ……追ってきたか」
ロムが低く毒づくと同時に、ルードもまた大魔剣の柄を強く握り直した。
振り返って応戦する時間も、その体力も残されていない。ここで挟み撃ちに合えば確実に終わる。
「走るぞ、ルード!」
ロムは右足の激痛を引き裂くようにして地を蹴った。ルードもまた、巨体を震わせて階段を駆け下りる。
背後の足音は、二人の逃走に呼応するように、狂暴な速度でその距離を縮めてくる。
目の前に迫る、地下室の重厚な扉。
二人はなだれ込むようにしてその内部へと滑り込み、すぐさま振り返って、迫り来る闇を拒絶するように重い鉄製の扉を――バンッ! と激しい音を立てて閉ざした。




