一触即発の輪郭
王城の地下へと続く階段の入り口は、光を拒絶するような濃い闇に包まれていた。
地上の喧騒が遠のくにつれ、代わりに静寂が鼓膜を圧迫し始める。ロムは右足の痛みを奥歯で噛み殺しながら、一歩、また一歩と暗がりへと身体を沈めていった。
その時だった。
カツ、と微かな、だが決定的な硬い音が闇の奥から響いた。
金属が擦れ合う音。そして、圧倒的な質量を持つ「誰か」の気配。
(――しまっ、た――)
ロムの全身の毛が逆立った。反射的に腰の短剣へ手を伸ばす。
同時に、闇の向こうでも巨大な影がうごめき、鋭い金属音が鳴り響いた。大魔剣が引き抜かれ、戦闘態勢へと移行する音だ。
大柄な体躯、そして魔法無効の鎧。間違いない、ルードだ。
だが――目の前にいるのは、「どちらの」ルードだ?
地上の広場で狂ったように大剣を振り回していた、あの悍ましいコピーの同類かもしれない。もしそうなら、右足を負傷している今のロムに勝ち目はない。一瞬で細切れにされる。
いや、それは向こうにとっても同じはずだった。目の前にいるロムの影が、自分を暗殺しにきたロムコピーに見えているに違いない。
お互いが、お互いを「残虐な化け物」だと疑っている。
一歩でも不審な動きを見せれば、あるいは呼吸一つでも間違えれば、次の瞬間には互いの命を奪い合うことになる。そんな、ガチガチに張り詰めた、一触即発の拒絶。殺し合いの直前のポーズのまま、二人の時間は完全に凍りついていた。
静寂が、永遠のようにも、一瞬のようにも感じられる。
冷や汗が頬を伝い、床に落ちる音さえ聞こえそうなほどの緊張感の中、闇の奥の巨影から、低く探るような声が漏れた。
「……生きてるか?」
それは、相手の出方を窺うための鋭い牽制であり、同時に、どうか本物であってくれと願うギリギリの問いかけだった。
その瞬間、ロムの網膜と鼓膜が、超高速で相手の情報を識別する。
大魔剣を背負う位置は反転していない。鎧のバックルの向きも正しい。そして何より、今発せられた『生きてるか?』という短い言葉のイントネーション、その声の響き。
地上のルードコピーが見せていた、あの狂気じみた笑いや破壊衝動の塊のような声とは決定的に違っていた。極限まで疲弊し、限界を迎えていながらも、どこか根底にある「いつもの少し明るいルード」の片鱗が、確かにその響きの中に息づいていた。
(……本物だ)
ロムの胸の奥で、氷が融けるような凄まじい安堵感が広がっていく。
ガチガチに身構え、殺し合う寸前まで追い詰められていたからこそ、その一言に含まれた「彼らしさ」が、ロムの鋭い確信へと繋がった。
ロムは短剣を握る手の力をわずかに緩め、だが肉体の警戒ポーズは崩さないまま、闇の向こうの親友へと言葉を返した。




