束の間の休息と同行の契約
こうして、明日の夕方までの丸一日の猶予が、彼らに静かに与えられることとなった。
草木も生えない不気味な死の岩山にぽつんと佇む小さな木造の小屋だったが、その夜の食卓は、これまでの地獄のような戦いや世界の崩壊が嘘だったかのように、信じられないほど穏やかで温かな時間に包まれていた。
ベレルムが肩の魔法カバンからスマートに差し出した、新鮮で豊かな食料。
レムリアがささやかに提供してくれた水で喉を潤しながら、十二歳のミリーはレムリアの隣にぴったりと座り、楽しそうにおしゃべりをしながら美味しそうに食事を楽しんでいる。
「お姉ちゃん、これとっても美味しいんだよ! おじちゃんの作るご飯は失敗しないの!」
「ふふ、本当に美味しいわね。ありがとう、ミリーちゃん」
おっとりとした天然なミリーの無邪気な温もりが、世界にただ一人残されていたレムリアの孤独な心を、ゆっくりと優しく溶かしていくようだった。夜が更ける頃には、ミリーはレムリアの隣で、安心しきった健やかな寝息を立てて就寝していた。
ミリーたちが奥の部屋で眠りについた後、リビングの魔導ランプの明かりを落とした静かな部屋で、ロムとベレルムは二人だけで改めて今後の長い旅路についての相談を始めた。
「ロム、ここから先の長い旅路について、一度お互いの目的を確認しておきたい」
ベレルムは眼鏡を指先で軽く押し上げ、物静かに、しかし明晰なトーンで語りかけた。
「君の目的は、親友であるルード君との再会、そして共に最後まで生き残ること。私の目的は、このミリーが脅威に怯えず安全にのんびり暮らせる世界を見つけることだ。私と君とでは、目指すゴールが最初から決定的に違っている」
「……ああ、そうだな」
ロムは静かに頷き、ベレルムの言葉の先を促した。
「ゴールは交わらない。だが、目的地に辿り着くまでのプロセスにおいては、私たちは最高に相性がいい。私の持つ物資や魔科学の知識というインフラと、君の持つ双剣と魔法銃という圧倒的な個人武力は、未知の世界を渡り歩く上でお互いの生存率を最大化させるために不可欠な要素だ。お互いに足りないものを完璧に補い合える。……どうかな、私の提案は」
ベレルムの徹底して論理的な相談に、ロムは腰の二本の短剣と、特訓で完全に支配した試作型魔法銃の感触を確かめながら、不敵に口元を緩めた。
「お前の言う通りだ。お前がミリーを安全な新天地へ送り届けるその瞬間までは、どこまでも同行してやる。あいつの背中を捕まえるためにもな。……契約成立だ、ベレルム」
「ふふ、合理的で助かるよ。改めてよろしく、異世界のお客さん。……おや、いけないね。よくよく考えれば、故郷を失って別の世界を漂っているという意味では、今は私も『お客さん』か」
ベレルムは眼鏡の奥の目を悪戯っぽく細め、自嘲気味に、しかしどこか楽しそうに肩をすくめた。
互いの目的をしっかりとすり合わせ、確かな実力への信頼の元に、二人の切れ者は強固な大人の契約をここで静かに結び直したのだった。
――翌日。
レムリアが教えてくれた、ルードたちが旅立ったあの時間からちょうど二十四時間周期の夕方(17時頃)がやってきた。
出発を前に、ベレルムは彼女を気遣って次の世界への同行を勧めたが、レムリアは小屋のテラスに遺された主を失った車椅子や古い工具を愛おしそうに見つめ、穏やかに、しかしブレない意思で静かに首を横に振った。
「いいえ、私は行かないわ。……つい昨日、ここへ来たルードという人にも同じように誘われたけれど、私の答えは変わらないの。私は、アレンと共にここで生きるから」
彼女にとって、世界に数十人しかいなかった最高峰の魔道具製作師であり、唯一魂の底から愛したアレンの遺したこの場所や、彼の作った奇跡の残骸を看取ることこそが、アレンと共に生きるということであり、彼女の旅のすべてだった。
彼女の瞳に宿る、どこまでも揺るぎない情愛の在り方を見たロムとベレルムは、それ以上無理に引き留めることはせず、一人の戦士・知識人として彼女の選択を静かに尊重し、納得した。
「今までありがとう、お姉ちゃん! バイバイ、元気でね!」
「ええ、ミリーちゃんも元気でね。あなたたちのこれからの旅路に、どうか幸運がありますように」
涙を拭って健気に微笑むミリーの手を、ロムとベレルムはしっかりと握りしめた。
レムリアに見送られながら、3人は岩山の小屋を後にした。
他に動く生物が一切いない死の世界であるため、道中、何の問題もトラブルも起きることなく、3人は最短ルートで目的の洞窟へと直行する。
薄暗い迷宮をすんなりと進み、天井の見えない広大なドーム状の空洞の最奥に鎮座する、直径三メートルの巨大な『果実の扉』の前に立った。
「ルード君たちが潜ったのはちょうど二十四時間前。だが、3人同時にこうして手を繋いでこの鉄ノブを回せば、私たちが離ればなれになる確率はゼロだ。行くよ、二人とも」
「おにーちゃん、おじちゃん、いこう!」
ミリーが両脇の二人の手をぎゅっと握りしめ、天真爛漫に微笑む。
ロムは前を真っ直ぐに見据え、親友の足跡が眠る、次なる未知の領域への扉を力強く引き開けた。
「待ってろよ、ルード。……すぐ後ろまで追いついてるからな」
3人は溢れ出る未知の光の中へと、一瞬の躊躇もなくすんなりと身体を滑り込ませ、時空の彼方へと旅立っていった――。




