今までの世界の明示
作戦が決まり、張り詰めていた小屋の空気がわずかに和らぐ。
レムリアは彼らの会話を静かに聞いていたが、そのサファイアブルーの瞳には、まだ拭いきれない疑問の色が浮かんでいた。
「明日の夕方まで、ここに滞在するのね。……それは構わないけれど、少し尋ねてもいいかしら」
衣服の擦れる小さな音を立てて、レムリアはベレルムへと視線を向けた。
「あなたたちは、一体どこから来たの? ...…なぜ、その転移扉を使って世界を渡り歩いているのかしら」
レムリアの静かな問いかけに、ロムとベレルムは顔を見合わせた。
語られたのは、これまで二人が駆け抜けてきた、滅びゆく世界たちの真実だった。
ロムがいた、バグによって狂暴なコピーが湧き出し、わずか三日で神々ごとすり潰された最初の地獄。
そして、ベレルムとミリーがいた、進みすぎた魔科学の代償により、つい二時間前にシステムがシャットダウンされるように完全消滅した第二の世界。
自分たちは保身や侵略ではなく、チリ一つ残らず消え去る世界から生き延びるために、転移扉を組み立てて脱出してきたのだと、二人は淡々と事実を明かした。
スケールの大きな滅亡の話に、レムリアは驚きつつも、彼らが纏う異界 of 魔力波形からそれが紛れもない事実だと受け入れた。
しかしだからこそ、彼女の表情に微かな怪訝さが混じる。
「世界が滅びることが分かっていながら……あなたたちは世界を直そうとはせず、自分たちだけが助かるために脱出したというの?」
世界でただ一人、静かに最期を看取るために生きるエルフだからこその、純粋な問い。
それに対し、ベレルムは怒るでもなく、ふっと眼鏡を押し上げて物静かに微笑んだ。
「誤解しないでいただきたいな、レムリア殿。私とて、ただ手をこまねいて逃げ出したわけではないよ」
ベレルムの声音には、一人の知識人としての確かな誇りと責任感が宿っていた。
「私のいた魔科学世界では、エネルギーの過負荷爆発はすでに因果律のレベルで確定していた。世界そのものを直すなど、成功確率ゼロの非効率な自殺志願に過ぎない。何より、私にはこのミリーを守り抜くという絶対の義務があったからね。……だが、私に付き合いのあった最低限の魔科学者たちには、この転移扉の完璧な設計図を送信してある。製作のプロセスも、何回かに分けてすべてね」
「設計図を……?」
「ええ。ミリーを守るための防衛に付きっきりで、私自身は研究所から動けない状態だった。その限られた制約の中で、彼らにも等しく脱出のチャンスを遺した。……知識人として、最低限の最善は尽くしたと自負しているよ」
ベレルムは誠実な事実だけを口にした。
(――もっとも、私のあの完璧な設計図を、私以外の凡百な魔科学者たちがあの限られた時間内に形にできたかどうかは、完全に別問題ですがね)
それが、ベレルムの眼鏡の奥にある冷徹な本音だったが、わざわざ口にしてレディを怖がらせる必要はなかった。
「そうなのね……。勝手なことを言って、すまなかったわ」
彼らが決して冷酷な逃亡者ではなく、制約の中でやれる限りの最善を尽くした気高い人々であることを理解し、レムリアは怪訝な表情を和らげて静かに頭を下げた。
隣で聞いていたロムも、ベレルムのその徹底した『個の合理』に基づいた誠実さに、深く同意するように静かに目を伏せるのだった。




