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終わる世界の落とし物  作者: 坂本 ゆみか
3章ロム編
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キレ者の考察と24時間周期の作戦

「……昨日の夕方、か」


 レムリアから告げられたルードの旅立ちの時間に、ベレルムの眼鏡の奥の瞳が鋭い光を宿した。

 彼は指先で眼鏡のブリッジを押し上げると、手元の計測器が映し出す空間データと、自分たちが最初の世界を出発してからの絶対時間を頭の中で瞬時に照らし合わせた。


「なるほど、実に見事なタイムラインだ。ロム、君がそんなに悔しそうな顔をする必要はどこにもないよ。それどころか、私たちの脳細胞にとってこれは最高の朗報だ」


「……どういうことだ、ベレルム」


 ロムは短剣の柄から手を離さぬまま、押し殺した声で問い返した。親友がほんの数時間前にこの空気を吸っていたという事実に、胸の奥の焦燥が燻っていた。


「単純な事実を整理しよう。かつて最初の地獄で、君は単独で、ルード君はステルという男と別の組み合わせで転移扉へ飛び込んだ。だから時空の軸がブレて異なる世界へと振り分けられた。だが今回は、私たち3人が完全に手をつなぎ、同時にひとつの扉を潜った。だからこそ、一分の狂いもなく揃ってこの世界へ辿り着けた。……これが、この転移扉の絶対的な仕様ルールさ」


 ベレルムの淀みのない冷徹な分析に、ロムは沈黙して耳を傾ける。


「そして何より面白いのは『時間』だ。レムリア殿、少し尋ねたいのだが――この世界に、時間の概念を測る時計のようなものはあるかい?」


 ベレルムの突飛な質問に、レムリアはサファイアブルーの瞳を微かに揺らし、不思議そうに首を傾げた。


「時計を見たわけじゃないから、正確な数字は分からないわ。……でも、エルフの感覚でよければ。ルードという人たちがその扉を通って去っていったのは、だいたい、昨日の夕方……ちょうど、今の時間と同じように、太陽が沈みかける頃だったわ」


「完璧だ。ありがとう、レムリア殿」


 ベレルムは満足げに口元を緩め、パチンと手元の計測器を閉じた。


「ロム。私たちが最初の扉を潜ってから、魔科学の世界を経てここへ漂着するまでに、実際には丸2日間――【四十八時間】の絶対時間が経過している。そして今、ルード君たちがここを旅立ったのは昨日の夕方。……つまり、今からちょうど【二十四時間前】だ」


 ベレルムの言葉の意味を、ロムの冷徹な脳細胞も即座に理解し始めた。

 ルードたちが旅立った「昨日の夕方」と、自分たちが到着した「今日の夕方」。その差は、正確に一日。


「この転移システムには、24時間単位の周期性――時空の波長に一定のウネリがある可能性が極めて高い。だとしたら、私たちがやるべき最適解は一つだけだ。……今すぐ焦って扉へなだれ込む必要はない。ルード君たちの旅立ちからちょうど48時間後――つまり、『明日の夕方の同じ時間』にこの扉を潜るんだ。そうすれば、次元のブレを完全にシンクロさせ、彼らと同じ時間軸の同じ座標へ漂着できる確率が計算上、最大化される」


「……明日の夕方だと? それじゃあ、これから丸一日近く、ここで指をくわえて待ってろって言うのか」


 ロムの眼光が鋭くなる。今すぐにでも追いたいという本能が、彼にステップを踏ませようとしていた。しかし、ベレルムは少しも動じず、大人の切れ者としての圧倒的な正論を冷たく、優しく突きつけた。


「急ぐことと、追いつくことは同義ではないよ、ロム。同時に同じ扉を潜らない限り、時間をどれだけ縮めて飛び込もうが、漂着する時空は完全にシステム側の気まぐれに委ねられる。無謀な突撃で彼らと永遠に交わらない平行世界の迷子になりたいのかい? ……大人しく牙を研ぎ、明日のその瞬間まで万全の休息を取る。それが、私の脳細胞が導き出した唯一の生存演算さ」


「…………」


 ロムは血の涙を噛み殺したあの戦場を思い出し、深く、長い息を吐き出した。

 悔しさはあった。だが、ベレルムの言うことは何一つとして間違っていない。ここで感情に任せて動けば、ルードとの約束を永遠に失うことになる。


「……チッ。分かったよ、お前の言う通りにする」


 ロムは少々悔しがりながらも、冷徹な理性を引き戻して静かに納得し、短剣の柄から完全に手を離した。


 出発は、明日の夕方。

 こうして3人は、この静寂の岩山で、丸一日の穏やかな滞在時間を過ごすことを決意したのだった。



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