小屋の訪問と衝撃の事実
不気味なほどの静寂が支配する上り坂を、3人は一歩一歩、確実な足取りで進んでいった。
大小の岩がゴロゴロと転がる険しい岩山。遮るもののない灰色の空の下、ベレルムの持つ計測器の示す通りに道を登りきると、風化した巨岩の影にひっそりと佇む、一軒の無骨な小屋が二人の戦士と一人の少女の視界へと飛び込んできた。
生命の気が感じられないこの山頂で、そこだけは誰かが確実に生活している気配が微かに漂っている。
「……小屋、か。本当に誰かいるようだな」
ロムは短剣の柄に軽く手を添えたまま、冷徹な観察眼で小屋の佇まいを睨みつけた。
「ここでただ立ち尽くしていても、空間のデータは集まらない。この世界の現状を教えてもらうためにも、一度訪ねてみるのが最善の選択肢だろうね」
ベレルムが物静かにそう告げ、3人は意を決して小屋の扉へと近づいた。
ロムが静かに、しかしはっきりと扉をノックしようとした、その時だった。
ギィ……と、開け放たれていた扉の隙間から、不意に光が遮られた。
「あ……」
細い驚きの声が、静かな山頂に響く。
カゴを腕に抱えて戻ってきたばかりのその小屋の主は、あり得ないものを見たと言わんばかりに、驚愕のあまりその場に硬直していた。プラチナブロンドの長い髪を風に揺らした、息を呑むほど美しいエルフの女性だった。
彼女はただただ激しく困惑し、カゴを握る手を微かに震わせながら、目の前の3人を凝視している。
「お耳が長いのね!」
緊迫する大人たちの空気をよそに、十二歳になったミリーが、初めて目にする長い耳に興味津々といった様子で、無邪気にぽつりと声を上げた。
「おっと、ミリー。初対面のレディの身体的特徴を大声で指摘するのは、紳士淑女の教育プログラムとしては少々不作法だよ。……すみません、こちらの可愛い姪っ子は少し天然な箱入り娘でして、悪気は無いのです。私はベレルム。こちらは異世界のお客さんである、ロムです」
ベレルムはミリーの非礼をスマートにフォローしながら、度の強い大きな眼鏡を押し上げて紳士的に自己紹介を述べた。
だが、その挨拶の直後だった。
「……ロム……?」
レルフの女性――レムリアのサファイアブルーの瞳が、その名前を聞いた瞬間に信じられないほどの驚愕に大きく見開かれた。彼女の美しい顔が、引きつるような動揺に染まっていく。
「な、あなた……いま、ロムと言ったの……!? そんな、どうして……」
レムリアの尋常ではない激しい混乱ぶりに、ロムは怪訝そうに眉をひそめ、冷徹な理性を研ぎ澄ませた。ただ異世界からの来訪者に驚いているのではない。明確に「ロム」という自らの名に対して、彼女の魂が揺さぶられている。
「ああ、俺はロムだ。……あんた、俺の名前を知っているのか?」
ロムが真っ直ぐに問いかけると、レムリアはカゴを震える手で強く抱きしめたまま、信じられない現実を白状するように、震える声で静かに事実を告げた。
「知っているも何も……。つい2日前、ここへルードという男が訪ねてきて、あなたという大切な仲間を必死に探していると言っていたわ。……そして彼は、昨日の夕方、もう別の世界へと旅立ってしまったのよ」
「――なっ……!?」
いつも感情を凍りつかせているロムの脳内に、凄まじい衝撃が走り抜けた。
ルード。あの地獄の地下室で、命がけで鉄扉を支え、「必ずあとから行く」と笑った、自らの唯一無二の戦友。あいつが、間違いなく生きてこの世界に辿り着き、自分を探してここにいた。
「ルードが……生きて、ここに……」
ロムの口から、驚きと、震えるような喜びの響きが漏れ出た。しかし次の瞬間、彼の眉間には深い皺が刻まれる。
昨日の早朝に、ルードは行ってしまった。
ほんの少し、たった一日の差で、自分は親友の背中に届かなかった。
生きている喜びのすぐ裏側から、会えずにすれ違ってしまったことへの、どうしようもない悔しさがロムの胸の奥を激しく焦がした。
「昨日の早朝、か……。おやおや、なんという理不尽なニアミスだろうね」
ベレルムは、感情を揺らすロムと、なおも驚きに震えるレムリアの二人の様子を見つめながら、その超天才的な脳細胞で、この奇妙なすれ違いの背景を冷徹に演算し始めるのだった。




