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終わる世界の落とし物  作者: 坂本 ゆみか
3章ロム編
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未知の岩山と大人の違和感

 ――耳鳴りが、止まなかった。


 つい数瞬前までロムの五感を支配していたのは、過負荷爆発に向けて狂おしく過熱していく魔科学研究所の駆動音と、すべてを飲み込んでいく純白の光の濁流だったはずだ。

 重力が失われたかのような奇妙な浮遊感を抜けて、次にロムの足が踏みしめたのは、不快なほどに硬く冷たい、乾いた大地の感触だった。


「……っ、ミリー、ベレルム! 無事か!?」


 ロムは即座に腰の短剣の柄へと手を伸ばし、鋭い眼光で周囲を薙ぎ払った。

 すぐ隣では、スマートな革製カバンを肩にかけたベレルムが、度の強い大きな眼鏡を指先で押し上げながら冷静に衣服の埃を払っている。その足元では、十二歳になったミリーがロムの服の裾をぎゅっと握りしめたまま、不思議そうに辺りを見回していた。


「えへへ、大丈夫だよ、おにーちゃん。わあ……っ、ここ、おっきい石がいっぱい転がってるねえ!」


 良くも悪くも箱入り娘として大切に育てられてきたミリーは、年齢の割にどこか幼い印象を残している。彼女は初めて見る広大な岩場の景色に興味を示し、キョロキョロと無邪気に視線を動かしていた。


 大小の岩がゴロゴロと転がる、見渡す限りの荒涼とした岩山。

 人々の往来があったことを示す「道」のようなものは足元から上方へと伸びているが、ロムとベレルムの表情は、一様に険しかった。


(……おかしい。想定していた世界とは、決定的に何かが違う)


 二人の切れ者が胸の内で弾き出した違和感の正体――それは、自分たちの周囲に「生命の気」が全く感じられないという不気味な静寂だった。

 草木の一本すら生えておらず、鳥のさえずりも、虫の羽音も、野生のモンスターの気配すらも、ただの一つとして存在しない。あたり一面に漂う、異様なほどの死の気配。


 ベレルムは肩の魔法カバンから、手のひらサイズの精密な魔科学の探索機材をスマートに取り出し、慣れた手つきで空間を弾いた。青白いホログラムの数式パルスが瞬時に展開され、岩山の周囲を高速でスキャンしていく。


 その光るモニターの数値を静かに見つめて、ベレルムは言った。


「ふむ……空間の座標軸と魔力波形を見るに、私たちが飛び込んだ転移扉の概念は、私たちが思っていた以上に不条理なバグを孕んでいるようだね、ロム」


「……どういうことだ、ベレルム」


「同じ転移扉を通ったからと言って、全員が『全く同じ場所』に漂着するとは限らない、ということさ。空間の不確定要素が完全に固定化されていない。ルード君という男がこの世界にいるかは不透明だが……おっと、絶望するのは私の脳細胞が許さなくてね」


 ベレルムは再び手元の計測器へと視線を落とし、眼鏡の奥の瞳を細めた。


「私の計測器にエラーがなければ、このなだらかな坂を登りきった『岩山の頂上』に、知的生物の微弱な反応がある。人、あるいは人に近い何かだね」


「……生存者がいるのか。これほど生命の気配が無い場所に」


「とりあえず、頂上まで行ってみよう。そこでこの世界の現状を観測するのが、最も効率的な次の一手だ」


「ああ、分かった」


 ロムは腰の二本の短剣と、二十四時間の練習でその癖を手懐けた魔法銃の感触を確かめ、小さく頷いた。

 情報の乏しい不気味な岩山で、頂上の知的生物という唯一の手がかり。


「おにーちゃん、おじちゃん、お外へお散歩にいくの?」


「ああ。ミリー、俺の側から絶対に離れるなよ」


「うんっ!」


 張り詰めた大人二人の警戒をよそに、ミリーはチョロチョロと楽しそうに動き回りながら、二人の歩調に合わせて付いていく。

 3人は不気味な静寂が支配する岩道を一歩一歩、確実な足取りで登り始めた。その先で待ち受ける、エルフの女性との邂逅をまだ知る由もないままに――。



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