『狂気と隻腕の旅路』
ドサリ、と本物のステルが冷たい石畳に倒れ伏し、二度と動かなくなった。
その骸を見下ろしながら、ステルコピーは喉の奥から激しい咆哮を上げた。
オリジナルの命と引き換えに放たれた、あの執念の一撃。根元から完全に粉砕され、消失した右腕の断面からは、赤黒い血が止めどなく溢れ出ている。激痛が脳を焼き、残された左手だけで聖槍を握り直す彼の瞳には、ただ、知性のタガが外れた底無しの破壊衝動だけがギラギラと渦巻いていた。
「ガァァァァッ!」
右腕を失った致命的な満身創痍の身でありながら、ステルコピーの足が地を蹴った。
ターゲットは、まだそこにいる。
オリジナルの一番槍を失い、絶望に目を見開く十三歳のプロット王子。そして、周囲の乱戦で傷つき、必死に主を守ろうとするカルたちジンの戦士たち。
隻腕となったステルコピーの槍の軌道は、なおも神速にして苛烈だった。ブレーキの壊れた狂暴な質量となり、彼は残されたプロット王子へと襲いかかる。
「殿下――っ!」
カルが身を挺して刃を突き出したが、ステルコピーの左手から繰り出された一突きが、その胸を易々と貫いた。次いで、驚異的な実力を持つはずの神童プロット王子をも、容赦なく血飛沫の中に沈めていく。
かつて運河を渡り、共に地竜を退け、昨日の夕暮れには黄金色に染まる王都を笑い合いながら眺めた、大切な仲間たち。
その全てを、本物のステルを殺したこの自分の両手が、文字通り無残に一掃し、物言わぬ肉塊へと変えていった。
主従も、戦友も、もう誰もいない。
すべてを貪り尽くしたステルコピーは、血に濡れた聖槍を杖代わりに突き、よろめきながら歩き出した。
事故発生からの二十四時間は、まさに完全なるカオスだった。
パニックに陥った魔法使いたちが乱射する大量破壊兵器によって、美しい王都は一瞬で廃墟の焦土へと姿を変えていく。街の至る所で、オリジナル同士が猜疑心から同士討ちを始め、知性のタガが外れたコピーたちまでもが、目の前の別のコピーを敵とみなして貪り食う悍ましい共食いが多発していた。
右腕を失った隻腕のステルコピーもまた、その泥沼の乱戦に巻き込まれていった。
襲いかかってくる別のコピーどもを左手の槍だけで返り討ちにし、肉を削り合い、さらに傷口を深く抉られながらも、彼はただ、本能に刻まれた「さらなる強者との闘争」を求めて焦土を這いずり回る。
――事故発生から、六十時間以上が経過した頃。
世界の寿命が残り数時間に迫り、空間そのものが不気味にひび割れていく終末の風景の中。
満身創痍の隻腕の槍使いは、吸い寄せられるようにして、崩壊した劇場の前の広場へと辿り着いた。
そこでは、大魔剣を振るうルードの偽物と、短剣を手にしたロムの偽物が、ブレーキのない破壊衝動のままに泥沼の三つ巴を繰り広げていた。
(……強者、が、いる……)
ステルコピーの濁った瞳に、不気味な火花が散る。
彼は残された一本の腕で聖槍を構え直し、その狂気の戦いの中心へと、音もなく鋭く踏み込んでいった。
瓦礫の暗闇の隙間で、本物のロムがその姿を息を殺して見つめていることなど、知る由もない。
この数分後に、クラルムの遺した「念話」が響き、ひしゃげた鉄扉の前で本物のルードと同時にもつれ合うようにして転移門へ落ちる、その瞬間までは――。




