『反転する鏡像』
――そして、運命の事故当日が訪れた。
王都魔法研究所の最深部。幾重もの強固な結界に守られた実験室には、各国から招かれた主賓や一流の技術者たちが一堂に会していた。
辺境国ジンの代表である十三歳のプロット王子も、特等席で堂々と主賓の挨拶を済ませる。プロジェクトのお披露目イベントは、実に厳かに、つつがなく進行していた。誰もが人類の英知の結晶を信じ、この平和な世界が続いていくことを疑わなかった。
だが、運命の歯車はミリ秒単位の狂いもなく、最悪の噛み合いを見せる。
駆動式の魔力変動、冷却術式の遅延、研究員のわずかな入力ミス。
普段ならプロテクトが弾くはずの「取るに足らない不幸」が連鎖した瞬間、中央の魔法陣が突如として眩い純白の光を放ち、暴走を始めた。
キィィィィィン――ッ!
鼓膜を引き裂くような高周波。防壁を内側から爆破した魔術回路が周囲を乱反射した直後、実験室内の空間が陽炎のように不気味に歪んだ。
そして次の瞬間には、衣服の紋章、髪の分け目、利き腕――すべてが左右反転した「自分自身」が、それぞれのすぐ隣に湧き出ていたのだ。
「な、んだ……これ――」
驚く間もなかった。知性のタガが完全に外れ、底無しの破壊衝動だけを宿した鏡像コピーたちは、喉から獣のような咆哮を上げ、本物の首へと一斉に手を伸ばした。
悲鳴と血飛沫が一瞬で会場を埋め尽くす。
だが、辺境国ジンの精鋭たちは違った。突発的な異常事態にも、カルたち護衛 of 兵士はすぐさま身体を動かして対応する。
「殿下、こちらへ!」
「ステル、これは一体……!?」
神童プロット王子は一般兵より遥かに強いとはいえ、まだ十三歳の子供だ。ステルは瞬時に状況を判断し、聖槍を閃かせて眼前の敵を退けると、叫んだ。
「カル、殿下を囲め! この場を離脱する!」
ステルの的確な差配により、一行は血に染まる会場をなんとか突破し、無事に外へと脱出することに成功した。
しかし、息を切らせて王都の街を走る彼らの背後から、尋常ではない、冷徹な殺意を孕んだ「影」が執念深く追ってきた。
振り返ったステルの瞳が、驚愕に細められる。
追ってきたのは、他でもない――衣服の仕立てが左右反転した、自分たちのコピーだった。
とりわけ、ステル自身のコピーが放つ「武」の冴えは凄まじかった。破壊衝動のままに突き進むその影は、通りがけ、すれ違うアイガス王国の市民や兵士たちをゴミのように容易く屠りながら、凄まじい速度で距離を詰めてくる。
そして次の瞬間、カルたちのコピーが、その凶暴な眼光を真っ直ぐにプロット王子へと定めた。
「ガァァァァッ!」
カルのコピーたちが、主である王子を狙って猛然と突撃してくる。
オリジナルのカルたちはすぐさま王子を守ろうと動いたが、彼らの前には、周囲から雪崩のように押し寄せる他の無数の反転体コピーが立ち塞がった。迎撃だけでカルたちの両手は完全に塞がれてしまう。
「くっ……カルたちの相手は私が引き受ける! お前たちは殿下を、プロット殿下を死守しろ!」
仲間を思うステルは、迷うことなく聖槍を構え直した。かつて地竜の奇襲から部下を救ったように、今度は仲間の姿をした化け物どもの猛攻を、一人で正面から受け止めなければならなかった。




