『一番槍の真価』
運河を渡る三日間の水路は、実におだやかなものだった。
十三歳のプロット王子は船旅の間も決して鍛錬を怠らず、その熱心な姿を見守るステルや部下たちの間には、終始、心地よい信頼関係が満ちていた。一行は予定通りアイガス王国の国境へと入り、そこからさらに二日間の陸路を進んだ。
そして、あと半日ほど馬車を走らせれば目的地である王都に到着する、という旅の最終盤でのことだった。
前方を警戒していた馬車が、突如として激しく停止した。
行く手を遮るように岩陰から姿を現したのは、鈍く硬い鱗に覆われた巨大な魔獣――地竜だった。
「地竜か。この世界のモンスターの中では珍しくない部類だが……」
ステルは馬車から降り立ち、静かに戦況を見つめた。
モンスター全体の序列としてはそこまで強くない地竜だが、この世界の『一体一体が相当に強い』という基本ルールの例に漏れず、一般的な兵士から見れば十分に致命的な脅威となる強さを持っていた。
「ステル様、ここは俺に行かせてください!」
そう言って聖槍を手に飛び出したのは、ステルの信頼する部下、カルだった。
カルは鋭い踏み込みと共に地竜の間合いへと侵入し、無駄のない槍捌きで魔獣の巨体を翻弄し始めた。激しい金属音が響く中、カルは遊ぶように余裕のある立ち回りを見せ、地竜の攻撃を難なくいなしていく。彼もまた、辺境国ジンの屈強な戦士の名に恥じない、高い実力の持ち主だった。
だが、その余裕に一瞬の死角が生まれた。
グルゥゥ……ッ!
カルが対峙している地竜のさらに横、別の巨岩の影から、不意にもう一体の地竜が飛び出してきたのだ。魔獣は完全にカルの背後を捉え、その太い顎を開いてカル目がけて突撃してくる。
「しまっ――」
カルが気づいた時には、すでに回避が間に合わない間合いだった。
――だが、その奇襲が届くよりも早く、一筋の閃光が空間を裂いた。
ドォン、と大気が爆発したような重苦しい衝撃音が響く。
次の瞬間、カルの背後に迫っていた二体目の地竜は、頭部から胴体にかけてを跡形もなく吹き飛ばされ、肉塊となって石畳に転がっていた。
そこには、いつの間にか間合いを詰め、静かに聖槍を引くステルの姿があった。
並の戦士なら視認することすら叶わない神速の突き。そこそこ強いはずの地竜を、たった一撃で完全に粉砕してみせたのだ。
「……助かった、ステル様。油断した」
「無事で何よりだ、カル。周囲の警戒を怠るな」
ステルは凛とした落ち着いたトーンで答え、何事もなかったかのように槍を収めた。
仲間を思い、部下の危機には迷わず自らの身を挺して最高の武力を振るう。それこそが一番槍ステルの本質であり、彼が部下たちから絶大な信頼を寄せられる理由そのものだった。
この小競り合いの後は、他に何が起こることもなく、一行は無事にアイガス王国の王都へと到着した。
長旅の疲れを癒した翌日、ステルたちはプロット王子に付き従い、アイガス王国の王族との謁見に臨んだ。お招きいただいたことへの深い感謝と、形式に則った丁重な挨拶。十三歳の神童の堂々たる佇まいと、それを支える世界最強の護衛たちの威風堂々とした姿は、王国の者たちを大いに感嘆させた。




