『岩の大木の伝承』
手渡されたわずかな食料を口に含むと、驚くほど滑らかに喉を通っていった。だが、胃袋がほんの少しだけ満たされたことで、かえって現状の過酷さがより鮮明に浮き彫りになる。これだけでは、持ってあと数日だ。
ルードは空になった手元を見つめ、それからレムリアへと視線を向けた。
「レムリア、本当に助かった。……それで、少し聞きたいのだが、この近くにどこか、他に食料のあてになりそうな場所は無いだろうか?」
レムリアは寂しげに目を伏せ、小さく首を横に振った。
「無いわ……。言ったでしょう、この世界はもう滅びてしまったの。植物も動物も、生きているものは何も残っていないわ」
やはり、何も無い。
無情な現実に、ステルが重苦しい沈黙を落とす。しかし、レムリアは何かを思い出すようにしばらく考え込んだ後、ぽつりと不確かな言葉を漏らした。
「……でも、そういえば、一つだけ。かつてこの世界の人間たちの間で、お伽話のように語り継がれていた古い話があるわ」
「お伽話、ですか?」
ステルの問いかけに、レムリアは頷いてみせた。
「ええ。ここから少し進んだところに、深い洞窟があるの。入り口の付近には、今でも綺麗な湧き水があるわ。……ただ、話の本番はその奥深く」
レムリアの大きな瞳が、遠い過去の伝承をなぞるように揺れる。
「その洞窟の最奥には、かつて『岩の大木』と呼ばれた奇妙な巨木がそびえ立っているらしいの。世界が終わるその時、その大木には『残された者を救うための実』が育つ……。そんな話を聞いたことがあるの。」
「残された者を救う実……か」
ルードはその言葉を口の中で繰り返した。ただの迷信かもしれない。だが、なけなしの命の綱を自分たちに分けてくれた彼女の優しい嘘を、このまま黙って見過ごすわけにはいかなかった。何より、ここで座して死を待つことなど、ロムとの約束が絶対に許さない。
「ステル、あんたはどう思う?」
「迷信だと切り捨てるには、惜しい話だな。入り口に湧き水があるというだけでも、向かう価値は十分にある。何より、我々にはここで立ち止まっている時間など無い」
「そうだな。よし、決まりだ」
ルードは小さく口元を緩め、ポンと自分の胸を叩いた。空間科学的なインフラはないが、目の前の優しいエルフを守るという決意が、彼の心を強く突き動かす。ルードはレムリアを真っ直ぐに見つめた。
「レムリア、その洞窟へ一緒に行こう。あんたをここに一人で置いていくわけにはいかないし、その『岩の大木』とやらを、この目で確かめてみたい」
「え……? でも、私はエルフだから、そこまで食料は……」
「いいから、一緒に行こう。あんたの優しい嘘に、男二人が甘えっぱなしじゃ格好がつかないからな」
ルードの頼もしい眼差しに、レムリアは驚いたように目を見張り、それから根負けしたように小さく吹き出した。
「ふふ、おかしな人たちね。...…分かったわ、案内する。でも、本当に実があるかどうかは分からないわよ?」
「構わない。最悪、水だけでも大収穫だしな。な、ステル?」
「ああ。一番槍としてのこの槍、どのような暗がりであっても道を切り開いてみせよう」
ステルもまた、生真面目ながらも頼もしい笑みを浮かべ、聖槍を握り直した。
荒涼たる死の世界。なけなしの希望である古い伝承を胸に、ルード、ステル、レムリアの3人は、岩山の上の小屋を後にした。




