一番槍の誓い
灰色のひび割れた空の下、岩場に膝を突き、自らの罪に打ちひしがれる槍使い。
ルードは静かに大魔剣を背中の鞘へと収めた。ジャキリ、と金属が擦れ合う音が、不気味な静寂が支配する空間に冷たく響く。
(コピーだって自覚があって、犯した罪にこれほど絶望してるっていうのか……)
ルードの胸の内に、複雑な感情が去来する。
確かにこの男の「反転体」は、元の世界で数え切れないほどの惨劇を引き起こした。だが、いま目の前で項垂れている男からは、あの悍ましい破壊衝動は完全に消え失せている。
戦意のない者と戦う理由はどこにもない。ましてや、己の犯した大罪の重さに耐えかねて、ただ殺してくれと願うような死にたがりの自殺に付き合ってやる暇も、義理も、今のルードにはなかった。
だが、同時にルードの鋭い直感が告げていた。
両腕が揃ったこの男の槍は、先ほどの威嚇の一撃を容易く止めたあの技量は――間違いなく本物だ、と。
「……確信はないけどさ、一つ、言わせてくれよ」
ルードは少し口元を緩め、飾らない、けれど芯の通った声で、膝を突く男へと語りかけた。
「コピーであっても、お前にあの凶暴な衝動が無いんなら、俺が戦う理由も、お前を斬る暇もない。それに何より……それほどまでに罪の意識を抱いて、正気を保ってるっていうなら、それは元のオリジナルと、一体何が違うっていうんだ?」
ルードの放った言葉は、男の凍りついた心を激しく揺さぶった。
存在そのものがバグであり、呪いであると自らを否定し続けていたこの男にとって、その理知的な問いかけは、あまりにも予想外で、重い一言だった。男は信じられないものを仰ぎ見るように、ゆっくりと顔を上げた。
「もし、お前がその罪を自覚して、本当に死にたいのだとしたら……」
ルードは真っ直ぐにその男を見つめ、力強く、けれどフランクに右手を差し伸べた。
「その力、俺が俺の親友――ロムと再会するまでの間だけでいいからさ。貸してくれないか? ……もっとも、案外すぐ近くにいるかもしれないけどな」
最後のおどけたような微笑みに、相棒への絶対の信頼が滲んでいた。ただ死を望むだけの力があるなら、誰かの希望のために使ってみせないかという、ルードらしい高潔な提案だった。
「私の……力を……?」
男は差し出された大きな手を見つめながら、しばらくの間、深く沈黙した。
脳裏を過るのは、守れなかった仲間たちの笑顔、家族の温もり、そして自分がかつて忠義を尽くし、一番槍として仕えていた「辺境国ジン」の誇り高き記憶。
罪が消えるわけではない。だが、このまま無様に、何一つ為さずに消えることだけは、ジンの戦士の誇りが許さなかった。
男はゆっくりと立ち上がると、地面の聖槍を引き抜き、ルードの手をしっかりと握り返した。
「……良いでしょう。これが私の罪滅ぼしになるかは分かりませんが。この辺境国ジンの一番槍、ステルが。あなたの言う『ロム』という御仁との再会を見届けるまでは、その背、私が守護いたしましょう」
男の言葉から、先ほどまでの虚無が消え、真面目で実直な一人の戦士としての響きが戻っていた。
「ありがとな、ステル。俺はルードだ。これからの旅路、よろしく頼むよ」
ルードは親しみやすい安堵の笑みを浮かべた。
元の世界ではトップクラスの武力を誇る戦士ルードと、真っ向勝負世界最強の槍使いステル。罪と約束を背負った男たちの、泥臭くも強固な二人旅が、いま静かに幕を開けた。




