荒涼たる目覚め
――耳鳴りが、止まなかった。
ついさっきまで鼓膜を震わせていたのは、ひしゃげていく鉄扉を叩きつける悍ましい破壊音と、血肉の飛び散る地獄の怒号だったはずだ。
『先に行けロム! あとから行く。必ずだ!』
親友を次の世界へ送り出すため、全体重で扉を抑え込んだあの死闘。
ロムが光の中へと消えた直後、閂が無残に弾け飛び、狂気に満ちた「隻腕の槍使い」が部屋へと乱入してきた。互いに限界を迎えた身体での、泥沼のような死合。最後は、相手が不意に死に物狂いの勢いで突撃を仕掛け、ルードがそれを大魔剣で受け止めた。だが、その背後にあったのは未だ開かれたままの転移門。ルードは槍使いの凄まじい推進力を殺しきれず、その肉体ごと、二人同時にもつれ合うようにして光の渦へと呑み込まれていったのだ――。
「……っ、ロム……!?」
ハッと目を見開き、ルードは弾かれたように上半身を起こした。
染み付いた闘争本能が即座に身体を突き動かす。すぐさま背負った大魔剣の柄へと手を伸ばし、周りの空間を鋭く睨みつけた。
だが、そこに迫り来る化け物どもの影はない。
視界に広がっていたのは、ひび割れた灰色の空と、あたり一面に大小の岩がゴロゴロと転がる、見渡す限りの荒涼とした岩場だった。王城の地下室の、あの埃っぽい空気はどこにもない。
「誰も……いないのか?」
ルードはぽつりと言葉を漏らし、警戒を解かないまま自らの身体に目を落とした。そして、驚愕に眉をひそめる。
「傷が……消えてる……?」
ひしゃげる鉄扉を支え、あの槍使いの猛攻を浴び続けたルードの肉体は、文字通りボロボロだったはずだ。鎧の内側は無数の打撲と内出血で悲鳴を上げ、呼吸をすることすら苦しかった。
それが、まるで最初から何もなかったかのように綺麗に完治している。魔法無効の鎧にこびりついた赤黒い血痕だけが、あの終末の戦いが現実であったことを静かに証明していた。
本当に別の世界へ来てしまったのだという現実が、奇妙な静寂と共に押し寄せる。しかし、感傷に浸る時間は与えられなかった。
カツ、と微かな硬い音が、少し離れた岩の隙間から響いた。
(――誰か、いる……!)
ルードは息を殺し、大魔剣を構え直した。足音を完全に消し、岩の死角を縫うようにして、慎重にその気配の主へと近づいていく。
やがて、巨岩の影から姿を現したその「影」を目にした瞬間、ルードの全身の血が逆流した。
そこに佇んでいたのは、共に門へと落ちた、あの不気味な槍使いだった。
だが、何かが違う。地下室では右腕を根元から失っていたはずのその身体に、今は衣服の破れもなく、がっしりとした「右腕」が確かに存在している。その手には、鈍い神聖な光を放つ一本の美しい長槍――聖槍が握られていた。
素性は分からないが、あの地獄の広場でロムの偽物たちと肉を削り合っていた化け物じみた男だ。万全の状態でここにいるのなら、これ以上の脅威はない。
「ハァッ!」
ルードは踏み込みと同時に大魔剣を突き出し、鋭い威嚇の一撃を放った。
全力ではないとはいえ、大気を切り裂くその一振りの威力と速度は、並の戦士なら反応すらできずに圧殺されるレベルの代物だった。
キィィィン――ッ!!
激しい金属音が岩場に木霊する。
ルードの放った苛烈な一撃は、槍使いの繰り出した最小限の動きによって、いとも容易く、完璧に受け止められていた。
聖槍の穂先が、大魔剣のハバキの部分を正確に捉え、その軌道を完全に静止させている。微動だにしない槍使いの腕。
(なっ……この一撃を、これほど易々と……!?)
そういえば聞いたことがある。真っ向勝負限定であれば「世界最強」と謳われた、辺境国の一番槍。それが眼の前の男なのか。その底知れない実力の片鱗を前に、ルードの背筋に冷たい緊張が走った。




