邂逅と静かな絶望
ミリーに連れられて足を踏み入れたのは、複雑な配線と精密な機械が所狭しと並ぶ、薄暗い研究所だった。部屋の奥からは、カチャカチャと規則正しい金属音が響いている。
「ベレルム! ただいま! 途中で化け物に襲われたんだけど、このおにーちゃんが助けてくれたの!」
ミリーの声に、作業に没頭していた一人の男が振り返った。
「ミリー、何度も一人で外に出るなと言ったはずだ……。それと、そちらの客人――」
男の言葉が止まる。同時に、ロムもまた息を呑んだ。
白い白衣を纏ったその男の顔は、先ほど命を落としたばかりの親友、クラルムに酷似していた。
だが、決定的な違いがあった。目元に刻まれた深い知性の皺、そして全体から醸し出される、物静かで洗練された大人の気品。それはまるで、『もしクラルムが生き延びて、そのまま静かに年齢を重ねていたら』という、あり得たかもしれない未来の姿そのものだった。
「……なるほど。ミリーを助けてくれたことには、いくら感謝しても足りないな」
ベレルムと名乗った男は、すぐに冷静さを取り戻し、再び手元の精密機械へと視線を戻した。小さな工具を動かす手は、驚くほど無駄がなくエレガントだ。
ロムは静かに、自分が異世界から転移の門を潜ってここに辿り着いたこと、そして森で異形を退治した顛末を説明した。ベレルムは作業を続けながら、時折相槌を打ち、ロムの言葉を理性的分析に落とし込んでいく。
「君が異世界から来たという話、その身に纏う装備の魔力波形を見るに、どうやら本当のようだ。……だが、そうか」
ベレルムは、小さなパーツを基盤に固定しながら、ふっと声のトーンを落とした。
その横顔には、明確な気まずさと、憂いが満ちていた。手元の作業スピードは一切落ちていない。いや、むしろ僅かに早くなっている。何か目に見えない時間に追われているかのように。
「君には本当に言いにくいんだが。……地獄のような戦場を抜けて、せっかくこの穏やかな場所に辿り着いた君に、こんな現実を伝えるのは非常に心苦しいよ」
「……何が言いたい」
ロムの眼光が鋭くなる。ベレルムは視線を機械に落としたまま、静かに、しかし重い事実を告げた。
「この世界は、進みすぎた魔科学戦争の代償で、もうシステムが限界を迎えているんだ。……あと40時間ちょうどで、世界規模の過負荷爆発が起きる。チリ一つ残らず、すべてが消滅する。人類は事実上の絶滅だ」
ロムの思考が一瞬、停止した。
「……は?」
いつもなら冷静なロムの眉が、不快そうにひそめられる。
「なぜだ。どうしてそうなる? 別の世界に辿り着いたと思った矢先に、世界の終わりだと?」
「僕だって嘘だと言いたいさ」
ベレルムは静かに溜息をつき、顕微鏡を覗き込む。「でも、この手元で組み立てている『世界脱出用の転移扉』が、僕が正気である何よりの証拠だよ。僕らはこの時間内にこれを完成させて、ここから逃げ出すしかないんだ」
怒り狂う気力さえ湧かなかった。あるのは、底知れない理不尽さから来る困惑だ。ルードとの約束を果たすためにも、こんなところで巻き添えを食うわけにはいかない。
目の前の「少し老けたクラルム」であるベレルムの、必死でありながらも冷静沈着な態度が、ロムの理性を繋ぎ止めた。
「……怒っても時間は増えないな。そのガラクタを完成させればいいんだな」
「話が早くて助かるよ、異世界のお客さん。君のような合理的な男なら、大歓迎だ」
ベレルムの口元に、微かな、しかし信頼を込めた笑みが浮かんだ。




