眩しすぎる新世界
――耳鳴りが、止まなかった。
つい数瞬前までロムの鼓膜を震わせていたのは、大地を裂く爆音と、血肉が飛び散る地獄の怒号だった。命を賭して自分を次の世界へ送り出してくれた親友、クラルムの最後の姿が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
そして何より、あの泥沼の戦場で、ボロボロになりながらもぶつけ合うように交わしたルードとの約束が、ロムの胸の奥で鈍く、熱く、燻り続けていた。
『先に行けロム! あとから行く。必ずだ!』
『必ずだ。あとで必ず来いよ』
互いの無事を信じ、泥を舐めながらも生き残ることを誓い合った、戦友との絶対の約束。
ロムはふと、自身の身体に目を落とし、眉をひそめた。
……傷が、ない。
ついさっきまで全身に刻まれていたはずの、死闘による無数の裂傷や打撲、出血が、門を抜けてこの世界に降り立った瞬間、まるで最初からなかったかのように綺麗に消え去っていた。衣服についた血痕だけが激戦の名残を留めているが、肉体の痛みはどこにもない。完全に治癒している。
その奇妙な現象が、かえってロムに「本当に別の世界へ放り込まれたのだ」という現実を冷徹に突きつけていた。
(俺だけが……あの地獄から、ひとまず生き延びてしまったのか)
ルードとの約束を果たすため、ここで立ち止まるわけにはいかない。冷徹な戦士としての仮面の裏で、ロムは静かに物思いに沈んでいた。異世界を渡るたびに課される理不尽なペナルティの数々が、彼の心をじわじわと摩耗させていく。
だが、感傷に浸る時間は唐突に遮られた。
「いやぁぁぁ! 来ないでっ!」
静かな森の空気を切り裂く、少女の悲鳴。
ロムの身体は、思考よりも先に動いていた。万全の状態を取り戻している肉体が地を蹴る。
声のする開けた場所へ飛び出すと、そこには奇妙な姿をした『異形』の怪物が、一人の少女を追い詰めている光景があった。本来の生態系には存在しない、魔力の歪みから生じたような不気味な質量。
ロムは音もなく距離を詰める。
抜刀。龍神の双剣が鋭い弧を描き、異形の肉を易々と両断した。一瞬の油断もない、完璧な一撃。怪物は声も上げずに霧となって霧散していく。
「……大丈夫か」
双剣を鞘に収めながら、ロムは少女を振り返った。
「あ……ありが、とも……ございます……」
腰を抜かしたままロムを見上げる少女。お転婆そうに跳ねた髪、大きな瞳。その顔立ちは、ロムがかつて元の世界で死別し、今も決して忘れることのできない最愛の妹に――生き写しだった。
「ミリー……?」
思わず口から漏れ出た名前は、少女自身の本当の名前だった。
「えっ? なんで私の名前を知ってるの……?」
不思議そうに首を傾げるミリー。ロムは激しく動揺する心を必死に抑え込み、冷徹な理性を引き戻した。彼女は妹ではない。だが、この状況で彼女を放り出す選択肢など、今のロムには存在し得なかった。
「……いや。この辺りは危険だ。お前の家はどこだ、送り届ける」
「あ、うん! ありがと、おにーちゃん! この先にベレルムの研究所があるの!」
人懐っこい笑顔を見せるミリーの案内で、ロムは壊れかけた魔科学の建造物が並ぶ道を歩き始めた。守れなかった過去の記憶が、ノスタルジックな切なさとなってロムの胸を焦がし続けていた。




