収束する混沌
事故発生から、六十二時間後。
世界の寿命が残り十時間に迫ったその時、王城の地下室で、主を失った魔法陣が最後の輝きを放った。
ゴオォォォ……。
空間が低く鳴動し、半透明な扉が完全に固定される。クラルムが自らの命と引き換えに遺した「転移門」が、三十六時間のチャージを終えてついに開通したのだ。
それと同時に、クラルムが仕掛けた時限式の念話術式も静かにカウントダウンを開始する。発動まで、あと七時間。世界崩壊まで残り三時間となる「その瞬間」に向けて、魔力は地下の暗闇でじっと息を潜めていた。
*
一方、地上の王都。
カオスが極限まで深まった三日目、ロムは最悪の窮地に立たされていた。
押し寄せるコピーどもの大群、そしてパニックに陥った生存者同士の凄まじい乱戦の最中、ロムは戦友であるルードの姿を見失ってしまった。互いが本物であると確信し合える唯一の相棒。彼と引き離されたことは、孤独な戦場において致命的だった。
さらに、最悪の不運がロムを襲う。
混戦の中、死角から躍り出てきた「味方の兵士のコピー」――その左右反転した不意打ちを、ロムは完全に避けきることができなかった。
「くっ、あ……!」
鋭い斬撃がロムの右足を深く切り裂く。
激痛が走り、まともなステップを踏むことさえ不可能になった。冷徹なロムの脳内演算が、最悪の生存確率を弾き出す。この足では、正面から戦えば一分ともたない。
這うようにして血痕を隠し、一度戦場の大通りから「逸れる」しかなかった。
ロムは崩壊した劇場の影、重なり合った瓦礫の僅かな隙間へと、限界の身体を滑り込ませる。
息を殺し、傷口を強く押さえながら外の様子を覗き見たロムの目に、異様な光景が飛び込んできた。
劇場の前の広場。そこで、常軌を逸した激しい風切り音が響いていた。
戦っているのは三者。
一人は、大魔剣を荒々しく振るう男――ルード。いや、衣服の紋章が逆だ。あれは**「ルードのコピー」。
もう一人は、短剣を手に冷酷な軌道で鋭く踏み込む男。ロム自身と全く同じ顔をした、破壊衝動の塊――「ロムのコピー」**。
そして、その凶暴な二体のコピーを同時に相手取り、互角以上に渡り合っている「第三の影」がいた。
それは、片腕を失った、正体不明の隻腕の槍使いだった。
纏う鎧の所属も、その素性も一切分からない。ただ、残された一本の腕だけで、繰り出される槍の精度と威力は神速にして苛烈。知性のタガが外れて共食いを開開したルードコピーとロムコピー、その泥沼の三つ巴の中心で、謎の槍使いは不気味なほどの戦闘能力を発揮し、戦況をさらに混沌へと叩き落としていた。
(ルードの偽物と、俺の偽物……そして、あの槍使いは何者だ……?)
瓦礫の暗闇の中、本物のロムは身動きもできず、ただその狂気の戦いを見つめる。
今出ていけば、偽物どもとあの正体不明の槍使いに同時に命を狙われる。右足の激痛を堪えながら、ロムは感情を極限まで殺し、ただ冷徹に「体力を温存する」ことを選択した。
世界崩壊まで、残り三時間。
すべてが滅びゆく焦土の片隅で、張り詰めた沈黙と三つ巴の火花だけが散っていく。
ロムの脳内に、死んだはずの友――クラルムの「声」が響き渡るまで、あと、わずか数分。




