迎撃準備
翌日、いつも以上に嫌な視線とギリギリ聞こえるように話している声で飛び交う罵声を浴びながら職場に向かった。気にしていない風に装いつつも、かなりの精神的な負担がかかって、胃がキリキリと痛んだ。やっとの思いで目的地に着くと、そこには大量の弾薬に加えていかにも危険物といった装いのパッケージをした見慣れない木箱が置かれていた。「これはなんですか?」そう俺が聞くと虹香は答えた。「昨日藤木に発注した閃光手榴弾1ダース分だけど、どうかしたの?」「えぇ〜、嘘でしょ!受け取るのはもう少し後だと思っていました。まさかこんなに早いとは!」「危険が迫っているから大急ぎで準備して貰ったのよ。それ以外にもヘッドセットやも用意してもらったわ。」あまりに衝撃的な内容で、驚いてしまい変な声を出してしまった。しかし、彼女の答えは淡々としたものだった。ちょうどその場に警護チームの全員が揃っていたこともあって虹香が通達を始めた。「みんな聞いて!今回の投稿は鈴木が予見した通り、現実社会にも影響を及ぼしているわ。それでも介護施設を閉めることはできない。人の噂も七十五日というけれど、情報化が進んだ今では一週間もあれば興味は移っていく。私たちはその間だけ日常を維持できればいい。そのために新しい装備も取得済みだし、それを扱う訓練もした。その成果をほんのちょっとだけ生かしてくれればいい。何かあれば私と加藤さんが足止めするわ。佐藤と鈴木には牽制射撃をお願いする。そして閃光手榴弾は私たち前衛組が四つずつ、後衛組は二つずつ持っていてね。」
その演説が終わったあと、虹香と佐和子はヘッドセットを装着して、さらにタクティカルベストを着始めた。俺と鈴木もベルトなどを装備した。前衛組はベストの装着を終えると胸についているマガジンポーチに次々と弾薬を収めていった。そんな中、サービス管理責任者の小林が様子を見に訪れた。「あなたたちの存在意義は利用者とその家族の生活を守ることになるわ。武器を持って戦うだけが仕事じゃない。それをくれぐれも忘れないようにね。」そのように全員に対して告げた後、俺に近づき耳元で囁いた。「これが終わったら今度焼肉に行こうね」こんな状況でデートの約束かと一瞬呆れそうになったが、彼女の目は真剣だった。それを見て命を落とさないようにという意味が入っていると感じた。そのため「はい」そう短く答えた。
準備を整えた俺たちは利用者たちのもとで待機することにした。こんな社会情勢でも休む判断をした利用者の家庭は多くなかった。西本家もその一つだった。この場所で過ごしている時、彼は参考書に載っていた二次方程式を必死に解いていた。俺は彼に対して、二次方程式を関数yにしてグラフに起こしてみるように助言した。彼はタブレット端末で関数電卓を開くと俺が示した数式を打ち込んだ。すると、グラフ上に凸向きの放物線が現れて、X軸と二箇所で交わっていた。その場所が方程式で因数分解した時のXの値と同じになると説明すると、やや時間はかかったが納得したようで、「なるほどー。わかりやすい説明ありがとう」そう言ってくれた。昼間は利用者がいる都合上、大規模な防御陣地の構築はできなかった。
しかしそれらの拡張は終業後に着々と進められていた。普段の敷地の全周を区切るブロック塀だけではなく、建物の周りに土嚢を積んだり、他の施設で余剰になっていた鉄条網を正面ゲートと建物の間の駐車場を区切るように設置したりした。その目的は出入り口を一箇所にまとめて侵入者の速度を低下させることと敵の動線をできるだけ固めることだった。さらに防衛ラインを幾重にも設けることによって一度突破を許しても継戦できるような陣地や交戦が始まった後に利用者たちも避難できるシェルターを作り上げた。何日かの活動日は何事もなく平和な時間を過ごしていたが、それは長く続かなかった。
お読みいただきありがとうございました。もし面白ければいいねや、ポイント、ブックマーク登録をお願いします。感想をいただけると筆者の励みになります。
次回の投稿予定は七月二六日です。




