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心霊内科5 〜猫又〜  作者: Phanyuxonn


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 猫又。日本の民間伝承や古典の怪談、随筆などにあるネコの妖怪。大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが置いて化けるといわれるものの二種類がある。中国では日本より古く隋時代には「猫鬼(びょうき)」「金花猫」といった怪猫の話が伝えられていたが、日本においては鎌倉時代前期の藤原定家による「明月記」の天福元年(千二百三十三年)八月二日の記事に、南都(現在の奈良県)で「『猫胯』が一晩で数人の人間を食い殺した」という記述がある。この記述が文献上に登場した初出とされており、猫又は山中の獣として語られていた。鎌倉時代後期の「徒然草」に「山奥に猫またといふものありて、人を食ふなると人の言ひけるに」と記されている(第八十九段)

 一方で同じく鎌倉時代成立の「古今著聞集」(千二百五十四年稿)の観教法印の話では、嵯峨の山荘で飼われていた唐猫が秘蔵の守り刀をくわえて逃げ出し、人が追ったがそのまま姿をくらましたと伝え、この飼い猫を魔物が化けていたものと残したが、「徒然草」ではこれもまた猫又とし、山に住む猫又の他に飼い猫も歳を経ると化けて人を食ったりさらったりするようなると語っている。江戸時代以降には人家で飼われている猫が年老いて猫又に化けるという考えが一般化し、前述のように山に住んでいる猫又はそうした老いた猫が家から山に移り済んだものと解釈されるようになった。※


「…他の猫又…というのは?」

 晃輔は珈琲をこぼしそうになるほどカップを揺らして驚いたが、気を取り直してコタローに話の先を促した。

「主からニオイがしたのです」

 コタローはゆっくりと話しだした。

「最初は他の猫のニオイかと思いました。主は猫好きでありますから、よくある事なのです、他の猫にもよく好かれますし。気分はよくありませんが、そこが主のよいところでもありますから、多少は多めにみておりました。しかし、ある時から匂いが強く異質なものに変わったのでございます」

 コタローはそこまで言うと、また両手でカップを持ち、一度ミルクを一口舐め、唇を白く濡らしながら続けた。

「血のニオイの濃い妖のものでございます」

「何故、他の猫又だと…?」

 他の妖の可能性もある。晃輔はコタローが何故断定出来るのかを聞いてみた。

「それは私が猫又だからです」

 コタローはアッサリとそう答えた。

「なるほど」

 至極当然と言えば当然の答えである。

「私と同じ猫又でありながら、血のニオイのする…人を喰ったことのある猫又でございます」

 コタローは続ける。

「我ら猫又は基本的に長く生きたことにより妖力を得て、人語を話したり、私のように人に化けることもできるようになったりするものもおりますが、だからと言って特に何をするわけでもなく、主のそばで猫として暮らします。時折、猫又の集会などを行うこともありますがそれはそれ。それに、長寿であったとしても大半の猫は猫又にはならずに死んでゆきます。ちなみに私の尻尾は二股に別れておりますが、全ての猫又が尻尾が二股に別れるわけではございません」

「その割にコタローさんは随分と若い猫に見えるが」

 晃輔は来た時の小さい猫の姿を思い出しながら疑問を口にした。

「私は変わり種でして。私は生まれたときから猫又でした。」

 コタローはあっさりとその疑問に答えた。両手でカップを持ったまま、いつの間にか靴を脱いだ後ろ足で耳を掻く。そしてまた話を続けた。

「しかし、たまにおるのです。家猫でありながら、山中へ逃げ込み人を襲う猫又が」

 コタローは急に言葉に怒気を滲ませた。カップを持つ手に力が入る。

「昨今、家猫は昔のように自力で狩りをせずとも主より食事を賜り、室内環境も整備され、何一つ不自由なく暮らしている猫がほとんどです。外へは自由に出入りできないかも知れませぬが、猫又ともなればそれも可能。何ゆえ人を襲わねばならぬのか。ましては我が主を狙うなど、言語道断、到底許せるものではありませぬ」

 猫又の風上にも置けませぬと、コタローは憤っている。

「しかしながら──」

 今度は急にしょんぼりとしたように頭を垂れた。

「私は猫又ではありますが、人語が話せて人の姿になることはできても、特に妖力が強い訳でもなく、戦えるわけでもありませぬ。相手は人を既に喰った猫又、口惜しいことですが私一匹(ひとり)で主を護ることができませぬ」

 そこで、とコタローは飲み終わったミルクのカップをソーサーに戻すと、ソファーの上で正座になり、そのまま勢いよく頭を下げた。

「お願いでございます。どうか、主を護るために力をお貸しください!」

 ──おおぅ。

「ま、まぁ頭をあげて」

晃輔は組んだ足をほどいて座り直した。そして両手で顔を上げるよう促す。

「どうか我が主をお護りください!」

 しかしコタローは更に手をついて頭を低くする。土下座状態である。

 晃輔は恐縮して頭を上げるよう、何度も促す。

「勿論、俺としても陽翔の事は護りたい。当然力を貸すよ。だから頭をあげてくれ」

 晃輔とて友人の命に関わるともなれば、言われなくとも力は貸すつもりだ。

「ありがとう存じます」

 ──さて、どうするか。

 晃輔は顎に手を当てて考え始めた。

「敵の見当はついているのかい?」

「それが…私も家族が家にいる時間は外には出れませんので…。今日はたまたま主の実家に子供たちは預けられているので、こんな時間まで外にいられるのです。しかし、そろそろ戻らなければ。ただ、主の通勤時間のどこかで接触している可能性が高いとみています」

 コタローは正座したまま真っ直ぐに晃輔を見てそう言った。

「そうか…では、陽翔をしばらく見張るか。…朔さん、頼めるかい?」

 晃輔は隣に座る朔に目配せすると、朔は軽く頷いた。

「承知しました。では早速今日から見張りをつけることに致しましょう」

「ありがとう存じます」

 コタローは正座のまま手をついて頭を低くしてお礼を言う。

「コタロー殿がお帰りの際に一緒についてゆき、そのまま見張りに入りましょう」

 そういうと朔は尻尾を生やし、ぱたぱたと振ったそれはポンッと毛玉となって離れたかと思うと小さな白い狐の姿となって朔の足元に舞い降りた。

「コタローとやら!案内するのですわっ!」

「これがミニ朔ちゃん!かわいい!」

 晶湖が目を輝かせて反応した。

「このコは朔さんとは別の人格なのですか?」

 晶湖はミニ朔の顎のあたりを指で掻きながら、朔に顔を向けた。その顔は笑顔が緩んでいる。

「分身なので、意識の共有はしますが、基本的に自分で考えて行動することができます」

 朔がそうこう答えると顎の辺りを晶湖に掻かれていたミニ朔が、やや食い気味に返事をした。

「そうなのですわっ!」

 返事をしながらも、気持ちが良いのか身体の割に大きな尻尾がゆれている。

 「行っちゃう前に抱っこしてもいいですか?」

 晶湖はミニ朔の背中や頭を撫でながらミニ朔の顔を覗き込んだ。

「…しかたないですわね。少しだけですのよ!」

 ミニ朔は言葉ではそういいながらも、晶湖に抱っこされると満更でもなさそうに尻尾を更にぱたぱたさせた。

「思ったよりも、もふもふ…ふふふ、かわいい」

 晶湖はミニ朔の頭やらお腹やら背中やらを撫で回す。ミニ朔はお腹を見せて気持ち良さそうに撫でられるままにされている。

「…あの、そろそろよろしいでしょうか。家族が帰る前に家に戻らなくては」

 遠慮がちに、しかし少し気が急くのか尻尾をパタンパタンとソファーに打ち付けるように振りながら、コタローが声をかけた。

「あ、そうでしたね、ごめんなさい。ふふ、ミニ朔ちゃんありがとう」

 晶湖は名残惜しそうに足元にミニ朔を下ろすと、ミニ朔の頭を撫でた。

「帰りも電車で?」

 晃輔はコタローの、いつの間にか出てきた尻尾の動きを見ながら帰りの方法を聞いた。

「そのつもりでございます」

 コタローは尻尾が出てきたのに気がついているのかいないのか、パタパタと振りながら言葉だけは落ち着いているかのように答えた。

「それなら、朔さん悪いけれどコタローさんを送ってやってくれないか。帰すのに随分遅くなってしまった」

 晃輔は自分の腕時計を見ながらそう言うと、朔の方を見やった。

「承知いたしました」

 朔は言われる事が分かっていたかのように目を伏せて頷いた。

「よろしいのですか?ありがとう存じます」

 そう言うが早いかコタローは、くるんと身体を回転させたかと思うとポンッとまた来た時の小さな猫の身体に戻った。

「そうしていただけるなら、とても有難いです。…実は電車というものに慣れていなくて」

 そう言ってコタローは頭を前足で撫でながらにゃーと鳴いた。

 朔もまた身体を狐の姿に変える。コタローとは違い、人が二、三人乗っても大丈夫そうな大きな体躯、そして恐ろしいまでに白く美しい毛並み。金色の両目を金色の隈取りが美しく彩っている。

「では、早速行って参ります。晶湖さん、締め作業は戻ってきたら私がやりますので、終わったらお帰りになっていて結構ですからね」

 朔は金色の目を晶湖に向けながら言った。

「そんな。片付けしながら待ってます」

 晶湖は何故か更に目を輝かせて、両手を自分の顎の下の辺りで組んで朔を見つめる。

「…わかりました。急いで戻ってまいりますね」

 朔は一瞬驚いたように目を丸くすると、ふふっと笑ってコタローを咥えてヒョイっと自分の背中に乗せると、窓から屋根に登っていった。気配を消し、屋根伝いに移動するのである。その後ろを白い毛玉のようなミニ朔がぽてぽてとついていく。

「気をつけてな」

 晃輔は朔の背に向かって声をかけた。

「晃輔様、今日はありがとうございました。主をよろしくお願いたします」

 コタローは朔の毛に埋もれながらなんとかそれだけ言うと、三匹は暗闇の中へと消えていった。



「…人を襲う猫ちゃんなんて…コタローさんと陽翔さん大丈夫でしょうか」

 晶湖は朔の消えていった方向を見つめている。

「まぁ…朔さんが一緒に行ってるから大丈夫だろうとは思うけれど…」

 晃輔はコタローが使ったカップを片付けながら、今帰った猫と猫の飼い主の顔を思い浮かべた。

──昔から人にも動物にも好かれるヤツだったけど、(あやかし)にも好かれるとは…。

「ああ、先生!私が片付けます!」

 振り返った晶湖はカップをトレーに集めている晃輔を見て、慌てて晃輔からトレーを奪おうをする。

「たまには僕が片付けますよ。櫻川さんはいつもの帰りの片付けを始めてください」

 晃輔は笑いながら、晶湖の届かない高さまでカップの乗ったトレーを持ち上げながらそう言った。

 身長が百六十センチメートル弱の晶湖では百八十センチメートルを優に超える晃輔からトレーを奪うことは不可能だった。

「ええぇ…いいんですか?…すみません、ありがとうございます。…あの、それじゃ、トイレ掃除に行ってきますね」

 晶湖は申し訳なさそうに晃輔を見上げたが、晃輔がすぐ近くにいることに()()()恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにトイレに逃げ込んだ。

 急に自分から離れた晶湖に流石に違和感を覚えた晃輔であったが、何故なのかまでは女性の機微に疎い晃輔には残念ながら分からない。

──もしかして俺汗臭い?

 トレーを持ちながら自分の胸元や脇の辺りをさり気なくクンクンしてみる。

 もしも朔がその姿を見ていたら大きくため息をついたであろう事は言わずもがなであった。



『今日も問題なく無事ご帰宅なされたようです』

 十九時をまわった頃、朔から晃輔に報告が入った。陽翔が家に帰宅したという報告が、ここ最近、定時報告となっている。朔の姿は見えない。今日は念話だけである。場合により朔が姿を現すこともあるし、ミニ朔が伝えにくることもある。

「ご苦労様」

 晃輔の方は声にして答える。姿は見えないが近くにはいるようである。晃輔が返事をするとフッと朔の気配が消えた。

「ふぅ…」

 晃輔は自宅のソファーに座ってため息をついた。クリニック診療終了後、晶湖を家に送り、ついさっき自宅に帰ってきたばかりであった。

 ローテーブルに放り投げたDM(ダイレクトメール)が目に入る。今ポストから持ってきたものである。

 あれから一週間。今のところ、(くだん)の猫又の気配はない。

 コタローを疑うわけではないが、気の所為だったということはないだろうか。

 そう考えて、晃輔は首を横に振った。いや、多分コタローの言う事は正しい。陽翔は狙われているのだろう。では、何故今のところ動きがないのだろうか。いや、動きなど無いなら無くてよい…よいのだが、多分今は無いだけでいつかは必ず襲ってくるだろう。では、いつなのか。

「…朔さん」

 晃輔は空中に向かって声をかけた。 

『──はい、なんでしょう』

 すぐに念話が返ってくる。また近くに朔の気配を感じた。

「敵さんは朔さんの気配を察して出てこないという可能性はあるかな?」

『──そうですね…分身は気配は出しておりますが、コタロー殿の気配は察しているでしょう。コタロー殿の気配からは強者は感じぬとは思いますが、思ったよりも慎重なのかも知れませぬ。コタロー殿の背後に強い妖がいないかどうか陽翔殿の身辺を調査してから…という事はあり得るかと』

「そうか…じゃあやっぱり今後もミニ朔に見張らせるしかないかぁ…」

──実際いるしねぇ。

 相手に朔の気配を気取られるわけにはいかない。例えば朔の気配を知って引いてくれるなら良いが、朔の気配が無くなった途端襲ってくる可能性は十分あり得る。それでなくても、人を喰う妖を放って置くわけにはいかなかった。

「持久戦かな?」

 晃輔はため息をつく。

『そうですね』

 朔としてももどかしい。朔の性格上ケリが着くならさっさと着けてしまいたいだろう。しかし、敵は朔の言う通り慎重なようである。一度それらしい気配を感じたようだが、その時はすぐに消えてしまい、それ以降一度も気配を感じていないらしい。

「申し訳ないけれど、引き続き陽翔の周囲の見張りを頼むよ」

『承知いたしました』

 そう念話で返事が返ってきたかと思うと、また電源のスイッチをOFFにするかのようにスッと朔の気配が消えた。

「土曜日には会うし、その時に様子を探ってみよう」

 晃輔は誰にともなくそう呟くと、ソファーから立ち上がった。外出から帰ってまだ着替えてもいなかった。それに腹も空いている。

 ──取り敢えず着替えて飯にするか。

 晃輔は着替えをするため寝室に向かった。

 

 

 

※ウィキペディア調べ

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