音速越え
関東軍司令部・長官執務室
「作戦の進み具合はどうなっている?」
「現在、遼東半島でわが軍の主力が包囲され、第三十五師団が救援に向かっています。
主戦場は重慶、北京、上海の首都圏と工業地帯の沿岸部、いずれも本土からの援軍が攻略及び救援に回っています」
「しかし、依然張学良の所在はつかめておらず、特務部隊が捜索に当たっています」
参謀たちから挙がる報告に不機嫌を隠そうともせずに舌打ちをした後、長官らしき男は地図の近くに歩み寄り、上海担当の部隊に殺意にも近い何かが宿った目で駒を睨みつけた。
「中華の死運び…戻ってきたか、仲間の墓へ」
「出るぞ、部隊を動かせ」
「…どちらに?」
「上海だ、死神を始末する」
上海郊外・崩壊要塞壁群
「攻撃を緩めるな!切り込み続けろ」
「五番隊、切り込むぞ。達城、援護を頼む」
「了解、二番隊三百続け、左翼部隊は援護射撃だ」
藍月が要所要所に穴をあけ、それを広げて傷口を作るように各部隊が突撃する。新人たちにはひたすら前に続くよう命令し、数関係なく打撃を与え続けたあの頃の動きと全く同じ状況が作り出される。
瓦礫の合間を縫い、敵の塹壕を利用し、時には瓦礫の山から敵の頭上に飛び込んで圧倒的少数の部隊が傷口をじわじわと確実に広げ、死体が転がっていく。
重砲の砲弾など意に介さずひたすらに進み続ける狂気の部隊もいれば、ゆっくりだが確実に詰めていく部隊もある。
中でも、試作戦車は猛威を振るっていた。
たまに故障し固定砲台と同じなっている物もあるがそれはそれで役に立つ。
「数はもうこっちの方が多い、力押しで殲滅しろっ」
声に合わせるように重砲の弾丸が前方に弾着。
敵を吹き飛ばすとともに土を巻き上げて煙幕を作る。
それを確認した瞬間、煙幕に向けて部隊を連れて走り出す。銃を前に構えながら走り続け、やがて目視できる範囲にまで近づいた敵兵に銃剣を突き刺す。
俺たちに気付いた敵が発砲、その場の全員が何の躊躇いもなく銃剣に刺さった敵を盾にして銃弾を防ぐ。
「隊長、達城が逃げていく少数の部隊を見つけたらしい」
その報告で、真っ先に張学良という単語が頭をよぎる。
「…任せていいか」
「はい!野郎共、隊長なんざ居なくても変わんねえよなあ!?」
「「「「応!!」」」
「それは少し傷つくぞ」
「いいから行ってください、副隊長みたいに達城も手遅れになったら誰が隊長の無茶で開けやがった穴埋めるんですか」
「それもそうだ」
軍人になってからだけなら修也と同じぐらいの付き合いがある自分の分隊の副隊長と軽口を交わし、十名ほどを引き連れて達城から報告のあったらしい方へ向かう。
先走るなよ、達城。
修也のように無茶した穴を埋められる奴が居なくなるのは困るし、それ以前に俺が愚痴を吐く相手が居なくなる。
頭を下げ、できるだけ銃弾を避けながら戦場の真ん中を突っ切る。
途中、左手に銃弾が命中し、鈍痛を伝えてくる。小さく呻きながらも足は止めずに袖を破いて傷口に縛り付けて止血する。
神経が一部やられたのか骨が折れたのかは知らないが、左手の力を少しでも抜くとだらんと垂れてしまう。
「クソ、動かしにくい」
「…いや、そこですか」
「普通痛みに文句言うでしょうが」
「頭狂ってんだろ。元々だけど」
「「「「「それだ」」」」」
「おいごら」
緊張感なく軽口を叩く後ろの部下共を軽く怒鳴りながら走る速度を上げる。
聞きなれない、でも明らかに聞き逃してはいけない感じがする音が聞こえた
「……おい、なんだ今の音」
追従する部下も不思議そうな顔をしながらも足を止め、耳を澄ます。
銃声、砲声、叫び声、肉を刺す、建物が崩壊する、そして、この時代に聞こえるはずがない、ロボットアニメに出てくるようなガスを燃やす音。
一瞬、息をすることも、瞬きをすることも忘れ、上空に現れたそれを見る。
嫌と言うほど見た、自衛隊の基地や護衛艦に乗っているようなコックピットが尖っていて、旋回性能が悪そうな戦闘機。
「…この時代に、あっていいはずがねえだろ。F9F『パンサー』なんて」
空にほんの一瞬過ぎ去った影、見間違えるはずがない。
アメリカ軍第一世代ジェット戦闘機、パンサー。音速さえ超える、現代の戦闘機であり、この時代にあってはならないもの。
「日本以外にもいたのかよ、未来人。それも、技術者が」
これは明らかに、俺でも修也でも、もう一人の未来人でもない。本物の天才か、開発者側にいた未来人の仕業だ。
ミサイルは作れなかったのか、落とされたこのころには一般的な爆弾が、やけに遅く落下している。
解説
・F9F パンサー
アメリカ軍のジェット戦闘機、最高速度は926km/h
音速を優に超えながらも重点は「量産性」に置かれており、直線翼型の手堅い設計になっている。
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