もう一度、あの場所へ
戦闘が終われば、戦場は鉄と硝煙の臭いに包まれる不毛の空間と化す。
今回は、片方の軍の分しか死体は転がっていない。それほどまでに烏合の衆は脆い、それが正規軍の中でも最強に近い元中国方面軍に勝てるはずもなく蹂躙された。
銃剣から血が滴り落ちる。
遠くで、雷鳴が響いた気がした
雨が降り出したが、そのまま立ち尽くす。そして、呟く
「……何で、普通でいられるんですか」
近くにいた、師団長が少しだけ、寂しそうにしながら言った。
「良くも悪くも、慣れちまったんだよ。俺たちは、お前も知ってるだろ。あの部隊にいたんだから」
「――――人よりは、理解しているつもりです」
それから、達城さんの部隊が来るまで足が地面と同化してしまったように動けなかった。
東京・陸軍本部
「…以上が、今回の群馬反乱軍鎮圧の報告です。大臣殿」
「ああ、報告ご苦労。下がってくれ」
「はっ」
敬礼をし、部屋を出る。
既に日本各地の反乱は抑えられつつある。それ自体は喜ばしいことだが、引っかかるのは協力していた将校だ
――これまでの反乱軍は、どの軍も司令官が確認されていない。
協力者は逃亡中の五・一五主犯格が五名、北の同志が確認できただけで三十名。そこには陸海軍の優秀な将校も含まれる。
そして、ついさっき中国で張作霖爆殺事件が発生したと参謀本部から連絡が来た。
犯行を行ったのは、関東軍司令部。
現況はそれを理解した息子の張学良が奉天軍を再編成、関東軍に攻撃を始めた。史実と多少形は違えど支那事変が発生したようだ。
「達城、先に戻って全員に完全武装。長期戦の用意を始めろ、佐紀たちは宿舎の人たちに面倒を見てもらうよう頼んである」
「了解…行き先は?」
「大陸軍最前線、上海防衛拠点だ」
「…あそこ、嫌いです」
「俺もだ」
達城と別れ、俺はそのまままっすぐに本部の廊下を突っ切り、逆側の扉から外に出る。
行き先は、海軍省。俺たちを中国に運んでくれる英雄様に会いに行く予定だ
『海軍省』と書かれた木版の隣にある扉を開け、見てもわからない海図が張られている掲示板を横切り、目的の場所の前に着き、二回ノックする。
「誰だ」
「陸軍准将、青木隼人です。山本長官はいらっしゃいますか?」
「…入れ」
「……………お久しぶりです。山本長官」
後ろ手で扉を閉め、数年ぶりに会う人物に挨拶をする。
俺はきっと無表情。そして、相手である山本五十六も無感情な目でこちらを見る。
「少し、下がってくれたまえ」
「はっ」
敬礼をして、秘書であろう士官が退室する。
扉がガチャリと閉められる音とともに、俺は口を開いた
「あ゛ー無理無理、敬語は疲れる」
「全く…変わらないな。青木少尉」
「うるせー、これが俺の個性だ山本准将」
「それが相まって苦労していたじゃないか」
私じゃなければ懲罰ものだぞと付け足し、机上の書類に目を落とし、トントンと指先で叩く。
「これのことだが、これは君の上司である山下殿に伝えるべきではないか?」
「俺はある意味信用されていない。それに、そっちの情報なら海軍の方が欲しがるだろ」
「…そうだな」
「無償じゃ信用できないか」
「君は陸海軍の派閥争いには無関心もいいところだ。だからこそ下も上も納得させにくい」
「あんた自身は信じるんだな」
「私自身については今更だろう。空母建造も、零戦開発も半分は君の功績だ」
「まだ使えてないものの話をすんな、実戦じゃ使えるかわからんだろうが」
「今のところ、零戦の方は史上最強の戦闘機なんて言われているぞ」
「…他国に漏らすなよ」
「もちろん、最重要機密の一つだ」
山本さんは苦笑いしながらもう一度書類を読み返す。
俺は出された緑茶をのみながら子供たちに機密を漏らさない程度に中国派遣を伝える説明を考え、結局思いつかずにもう一度緑茶をすすった。
「まあ、俺としちゃどうでもいい話だ。後はそっちで処理してくれ」
「しかし、頭が痛いな」
「軍の腐敗は先代の東郷提督が居なくなってからは当たり前みたいなもんだろ」
「それもそうだが」
「やっぱ意外か」
「意外と言うよりは怒りの方が勝る」
「そりゃそうだ、なんせ」
「北の支援者が、海軍大臣だもんな」
国内の反乱はもうすぐ終わる。だが、後始末はもっと長くなりそうだ。
解説
・支那事変
奉天の首相、張作霖が爆殺され、日本軍の仕業だと断定した張作霖の息子、張学良が大陸方面軍である関東軍と交戦した事件。
その後、政府は原因が関東軍だと知っていたが、国際的立場のあれこれで大きな処罰は下されなかった
・山本五十六
連合艦隊長官であり、空母を一番に撃沈させるべきという考えを持つ(多分)実際当時は空母を墜とせば空から一方的に攻撃できたためどれだけ空母が多いか、どれだけ多く空母を沈められるかという考えは戦略的に一番まともな判断だったりする。
史実では移動中、乗機の一式陸攻が米空軍にブーゲンビル上空で撃墜され戦死した
・零戦
ミリタリー好きの中ならパンター、ティーガーと同じくらいかそれ以上に知名度が高い日本の戦闘機。
第二次世界大戦開戦時には装甲以外は全てにおいて最強だった。しかし、後継機の開発が元が凄すぎるがゆえになかなか大きく変わらず段々と各国が新作機を配備し遅れを取るようになる
日本の資源自体がそこまで多くなかったこともあり後継機は試作段階で終わる物も多かった。
ブックマークありがとうございます。
次回からまた中国編です




