ありがとう
いつもよりも早く起き、配置に着く
掘ってある塹壕付近にはすでに兵士が居て僕を見ると挨拶をしてくれる。僕は挨拶を返しながらいつも通りカロリーメイトモドキをかじり、兵に指示を飛ばしていく
「達城」
「はい」
呼んだら一秒もせずに近くに来るのは軍人の性なのか達城が特殊なのかともかく副官としてはありがたい限りだ。
「今回は僕じゃなくて隼人の方に入ってくれ」
「…自分は秋田中佐の副官です」
「そうか、じゃあ上官命令。嫌な予感がする、隼人を援護してくれ」
「――了解」
これでも軍の一部なので別部隊よりは効力がないが命令として部下を動かすこと自体はできる。
それでも普通に従わないやつはいるけど達城はこの部隊の中じゃ一番まともだ。
僕や隼人は元から頭のねじが外れているのでたまにやらかす、毎回それを収拾しているのは達城なので足を向けて寝られないどころか僕も隼人も土下座で感謝していないのが不思議なくらいだ。
「…さて、出るぞっ」
「「「「「おぉ!」」」」」
なぜか停泊していた海軍の艦砲射撃を合図として全方面軍が突撃を始める。
予定通り始まったタイミングで達城の部隊は反転、隼人の方へ向かった。僕の直下隊全てを渡してあるのでここの部隊は昨日までより攻撃力は少しだけ落ちる。
だがそこは経験と連携、しかも命令なしの自己判断でこなすのだから改めて日本軍最上位を自負するのは伊達じゃないと実感する。
「三番隊押し込んで、九番隊は側面援護。突破する楔を打て、拠点を作って…」
―――早く死ね!いつもいつも迷惑ばっかかけやがってっ
「…っ!?」
頭痛と頭に響く声、思い出さないように、意識しないように遠く遠く、意識のずっと外に追い出していたはずの苦い記憶。
無理やり意識を切り替えて戦場へ戻す、相変わらず血と体液の混ざった匂いにはなれないがさっきのよりは何億倍もましだ。
――まだ隼人には何も返せていない、死ねない。悪いな
今度は僕の声だ、本当に肝心な時に邪魔しっ………
強烈な痛み、銃身と右腕は焼けただれ左手は焼け落ちた。
首を動かすと少し先に足が見える。
そう、少し先
急に頭が回らなくなる、達城の代わりに副官としている部下の声が聞こえない、みんな叫んで、銃を撃って、殺しているのに何も聞こえない、さっきまでうるさいほどに響いていた艦砲射撃の音すらも何も聞こえない。
……ああ、文字道り吹き飛ばされたのか
それを理解したのは少しずつ視界が暗くなってきたころ、脳裏には過去が呼び起こされている
「これ、が…そうまと、う?」
声も満足に、いや、自分が何を言ったのかさえ分からない
ああ、これが死か、思ってたよりも悪くない、少し寒いくらいかな
そんなことを考える余裕はなかったはずなのに溢れるほどに出てくるので息苦しいまま笑いが零れてしまう。
辛うじて開いている目から力が抜け、完全に閉じようとした瞬間に目の前にいた兵士が急に老けた。
じーちゃんの顔だ。訳もなくそう思った。
さっきまでの戦場にはもういなくて、周りにはいつのまにか雛罌粟が咲いている。
真っ赤で、どこまでも続いていそうな…
「…こんな早くに来なくてもいいのになあ」
「じーちゃん…?」
さっき見た老人、祖父がいた。
僕は訳もなく泣きそうになってそちらへ走る
「じーちゃんこそ、まだ自分が生きている時代に死んだ僕を迎えに来なくてもいいよっ」
「ずっと見ていたが、なかなかに大変な人生だったな。」
「うん、ずっとずっと歩いて…走ってたんだ。ごめん、ちょっと疲れちゃったみたい」
「そうか、よく頑張った。お前は頑張った。休みたいのなら止めはせんよ」
「…ありがとう」
追いついた時、じーちゃんは僕が知っているよりも少し小さくなったと感じた…僕が大きくなっただけか、振り返るとそこには誰もいない、前にいるじーちゃんと、僕だけ
顔を上げると、じーちゃんは大きくなっていた。
不思議に思って下を向くと、僕が十年ほど前、子供だった時に戻ったみたいだ。
じーちゃんは笑って僕の手を引く、僕とじーちゃんが歩くたびに白い雛罌粟の花弁が散る。
気付けばさっきまでの赤ではなく、一面の雪景色のような白い雛罌粟だ、はっとして僕は振り向き、聞こえないとわかっていながら叫ぶ。
「ありがとう!隼人っ僕を副官にしてくれて、守ってくれて…友達でいてくれて」
僕が叫んでる間、じーちゃんは黙って待っていてくれていた。
僕はもう一度振り向いて、今度こそじーちゃんと歩きだす。
―――赤い雛罌粟の花言葉は「喜び」「感謝」「慰め」
―――白い雛罌粟は……「眠り」と
「忘却」
――――少年はただ、歩き続ける。
……次回で中国編は完結の予定です。
ブックマークありがとうございます。




