最凶の助っ人
「うぅううううぅぅ~~~~」
クレハドール・フリーゲンは唸っていた。
「クレハ姉さま。落ち着いてくださいよう。ここ、一応公共の場なんですから。ね?」
そんなクレハドールを必死で宥めているのは、ライカ・ファランクス。
魔法師ランクは限定付きAAと、クレハドールよりも上なのだが、元々魔法を教えてくれたのがクレハドールでもあることから、ランクを追い越した今も、こうしてクレハドールを慕って付き従っているのだ。
そもそもライカは限定付きということで、攻撃魔法をほとんど使えない。魔力資質・魔法適正が攻撃向きではないのだ。
そして魔力資質・魔法適正共に攻撃向きのクレハドールは、防御・捕獲・補助が苦手である。
つまり、ツーマンセルとしての相性は最高なのだ。
先日の屈辱的な敗北までは……。
まさか魔法文化ゼロであるこの地球に、あんな規格外の怪物がいるなどとは思わなかったのだ。
鐘騨凍澄。
融合不可能と言われていたマリセス博士のセカンドピース融合型アークドライブ、『ティアトリーゼ・
アインセル』。
アインセルシリーズ最大の異端であり規格外の失敗作。いくら高性能であっても、使い手たるマスターがいなければただのガラクタ以下だ。少なくとも今まではそう思われていた。
それを使いこなす人間が、ティアトリーゼのマスターになり得る者が、まさか地球にいるとは思いもしなかった。
魔法知識ゼロ。
魔法使用経験ゼロ。
ど素人以下の一般人……のはずが、Aランクと限定付きAAランク魔法師であるクレハドールとライカを、まるで赤子の手でも捻るようにあしらっていた。
本気を出されていたら、間違いなく殺されていただろう。
……いっそ殺してくれと思われるような仕打ちを受けたが、二人とも何とか無傷での撤退に成功した。
その、翌日。
不機嫌極まりないクレハドールを何とか宥めようと、もといちょっとでも丸くなって貰おうと、ライカは本屋へと連れ出したのだ。
ライカの調査では、ここの本屋はBLコミック、小説ともに充実している。ここで新たなるBL本を物色すれば、クレハドールの機嫌も多少は良くなるだろうと思ったのだ。
しかし……
「うぅ~~。悔しい。凍澄くんめぇ~絶対に殺してやる! いや、その前にパンツ脱がしてやるっ! ギャランドゥ拝んでやるっ!」
「ク、クレハ姉さま! 声! 声落としてくださいっ! 人目がありますからっ!」
屈辱の記憶は簡単には拭えないらしく、BLコミックを物色しながら歯ぎしりするクレハドールだった。ついでにパンツにもこだわりがあるようだ。次に会うことがあれば、間違いなく凍澄のパンツがターゲット優先度ナンバーワンになることだろう。
「ほらほらクレハ姉さま。これなんてどうです? 表紙が結構過激ですよ? 規制がかかる前に買っておかないともう手に入らなくなるかもしれませんよ!」
「む……」
そこには局部のみを布で隠された華奢な少年が、屈強な青年に囚われている絵があった。まさに、嫌がる少年を無理矢理……という、クレハドールの気分にぴったりの本だった。
「買うっ!」
「決まりですね。じゃあレジに行きましょう、ね?」
早く購入して早く帰って早く読むのだと言わんばかりに、ライカはクレハドールの背中を押した。これ以上店内でパンツだのギャランドゥだの連呼されてはたまらないと思ったのだろう。
ライカの方は割と常識的な腐女子らしい。
「あ!」
「んぅ?」
「なっ!」
レジに向かう途中、二人はある人物と遭遇した。
ライカはびっくりした声をあげ、その人物はきょとんと首を傾げ、そしてクレハドールは憤慨した。
その人物は、唯樹殊巳と同じ容姿をした、唯樹架恋だったのだ。
クレハドールは架恋を指さし、
「ここで会ったが百年目ぇっ! ことみくん、覚悟ぉ!」
「はわわわっ! 違いますクレハ姉さま! 一日ぶりですう!」
本屋で騒ぎを起こそうとするクレハドールを慌てて止めようとするライカ。架恋の方は相変わらずきょとんとしている。
「殊巳? 何? 殊巳の知り合い?」
「しらばっくれるなあっ! あたしのパンツとライカのサラシ、その他諸々の恨みで――もががっ!?」
「クレハ姉さまシャラップ! ここ本屋さんですよ? 公共の場ですよ? お願いですからTPO弁えてくださいよう! こ、ことみくんも今は逃げてください! クレハ姉さまは私が抑えておきますから……」
後ろからクレハドールの口元を押さえつつ、架恋に逃げるように促すライカは、なんだか苦労人のようだった。
そんな二人を見遣りつつ、腕組みをする架恋。何かを考え込んでいるようだ。
「ちょっといい?」
架恋はクレハドールの手を掴んで、自分の胸に当てた。
「!?」
むにゅう~っと、それは間違いなく胸だった。女性の、豊満な胸だった。推定Dカップ。中々に巨乳だ。
「な……なな……」
クレハドールが口をぱくぱくさせながら架恋を見る。抑えていたライカの方も唖然となっている。
「何か勘違いしているみたいだけど、あたし殊巳じゃないわよ」
「………………」
「………………」
同じ顔。同じ声。しかし、同じ身体ではなかった。
よく見ると髪の長さも違う。架恋の髪はロングストレートだ。少年らしく短く切っている殊巳とは大分違っている。
「でも、無関係ってわけでもないけどね。あたしは唯樹架恋。唯樹殊巳の双子の姉よ」
「………………」
「………………」
「ちょっと詳しい話、聞かせてくれないかなあ?」
にっこりと笑う架恋。その笑みは、ぞっとするような迫力に満ちていた。弟の名前と共に、パンツだのサラシだのの単語が出てきたので、さすがに黙っていられない……もとい、興味が湧いたらしい。女の子の下着を奪うような真似を、殊巳がするとは思えなかったが、何やら面白そうな事件の匂いがしたのだ。
これが、唯樹架恋とクレハドール・フリーゲン、そしてライカ・ファランクスとの出会いだった。
敗北者たるツーマンセルに、最凶の助っ人が加わった瞬間でもあった。