変態こそ最強也!
「え……?」
僕の周りを包む暴風は、竜巻のように渦巻きながら、クレハドールのハンドガンを、そしてクレハドールとライカをも弾き飛ばした。そして空間固定されていたはずのライカの鎖をいともあっさりと断ち切る。しかし僕自身を縛っていた鎖は切られなかった。僕がいる位置を台風の目としているので、それも当然だった。
僕は動けるようになった隙に後退しようとするが、それは力強い腕によって阻まれてしまった。
「なっ!?」
その腕は僕を片腕で抱え上げる。百六十センチ弱の身長しかないとは言え、それなりに重量のあるはずの僕を、腕一本で……
「ことみセンパイ、無事っすか?」
「か……鐘騨……?」
「イエース! 性義の味方、鐘騨凍澄っす! ことみセンパイのピンチに颯爽と参上! 惚れ直してくれたっすか?」
「……字が違う。それから元々惚れていないからそもそも惚れ直しようがない」
僕を抱えているのは、鐘騨凍澄だった。しかも鐘騨の格好も普通ではない。
平安時代の狩衣のような格好、そして僕と同様、頭には耳、尻には尻尾が生えている。僕は猫だけど、鐘騨は……犬……? なんか、微妙に似合ってるな、こいつ……。
「それにしてもことみセンパイ……猫耳尻尾、似合うっすねっ!」
「うれしくないっ!」
まじまじと見詰めながら何を言ってるんだこいつは!
鐘騨は僕から視線を外し、今度は僕をお姫さま抱っこに抱えたままで(よりにもよってお姫さま抱っこ! 勘弁してくれっ!)クレハドール達に向き直る。そして、びしっと指差した。
「お前らぁ! ことみセンパイを×××して××××して×××××していいのは俺だけなんだ! 勝手なことしたら許さないからなっ!」
「お前もお前で勝手なこと言うなーっ!」
僕に味方はいないらしい……
どちらにしても貞操の危機だった。
そしてクレハドールとライカは……
「クレハ姉さま、あの耳は……」
「ええ。信じがたいことだけど、間違いないわね。まさか適合者が現れるとは思いもしなかったけれど……マリセス博士のセカンドピース、ティアトリーゼ・アインセル。アインセルシリーズが複数派遣されていることは知っていたけれど、まさかよりにもよってティアトリーゼだなんて……これはさすがに予想外だわ……」
ふむ。どうやら鐘騨と融合しているのはティアトリーゼというらしい。アインセルシリーズということは、兄弟のようなものだろうか。
しかし鐘騨のところにも魔法少年スカウトが来ていたとは……
まあ、さりげにこいつ天才だしなあ……その気になれば魔法だって簡単に使いそうだ。適合率とやらもきっと高いに違いない。
「それよりもっ!」
しかし二人にとってはそれよりも大切なことがあるようだ。
「生よっ!」
「生ですっ! クレハ姉さまっ!」
「生BL!」
「生薔薇族!」
「違うっ!」
鼻息乱しながらヤな単語を連呼するんじゃないっ!
「そこの少年っ!」
「ん? 俺?」
今度はクレハドールが鐘騨を指差す。『美少年』ではなく、『少年』。まあ、確かに鐘騨は『美少年』ではないよな。バリバリ体育会系の顔と体格だし。美形であることには間違いないのだけれど、だからといって『美少年』という形容詞は違和感がある。どちらかというと『兄貴』って感じだ。……後輩だけど。
「君の名前は?」
「ん? 鐘騨凍澄だけど?」
「よし。凍澄くんね。言っとくけどあたし達は凍澄くんの味方よ。もう一人の美少年、えーっと……名前なんだっけ?」
「……唯樹殊巳」
一応名乗っておく。僕はクレハドール達の名前を知っているのに、クレハドール達が僕の名前を知らないのは何だか不公平な気がしたからだ。
「そう! ことみくんは残念ながらまだノーマルよ! 今のままだと凍澄くんとラブラブになることはないわ。そこで! あたし達はことみくんを同性愛指向にする手段を持っているわ! どう? この染色体変異弾を使用すれば、凍澄くんはことみくんをゲットできるわよっ!」
「………………」
うわぁ。やばい。利害が一致し過ぎているぞ。この状況で鐘騨まで敵に回ったら、本当に絶体絶命だ。僕のノーマル人生が終わってしまう!
「………………」
「……か、鐘騨?」
鐘騨は(お姫さま抱っこしたままの)僕じーっとを見詰める。その瞳は、やや熱っぽいように見える。実にヤバい状況だった。
「ことみセンパイ。助けて欲しいっすか?」
「当たり前だっ! ここであいつらに寝返ったら一生恨んでやるからなっ! 末代まで祟ってやるっ!」
「……うーん。末代云々は割とどうでもいいんすけど、ことみセンパイに恨まれるのは嫌っすね」
「…………」
ど……どうなんだ? 助けてくれるのか?
「じゃあことみセンパイ。助ける代償に、一つだけ俺の要求を聞いて欲しいっす」
「へ、変なことを要求するつもりじゃないだろうな?」
「いやいや。俺はそこまで性急じゃないっすよ。ささやかな要求を聞いてくれれば、それで十分っす」
「……?」
鐘騨がそっと顔を近づけてくる。
近い! 近い近い近いっ! ヤバいっ! このままキスでもされそうな勢いだ! 全然ささやかじゃないぞ、鐘騨!
お互いの吐息が触れ合うほどに近付いたところで、鐘騨はにやりと口を吊り上げた。
「きゃーっ!」
「あと三センチ!」
「凍澄くんファイト!」
「男ならグッといけ! ですよ!」
「うるせえぞ外野! 人のピンチで悶えるなっ!」
僕は近付いた鐘騨の顔を意識の外に追いやって、無責任な煽り方をするクレハドール達を怒鳴りつける。
そして鐘騨は、
「名前、呼んでください」
「へ?」
「だから、名前。下の名前っすよ」
「下のって……凍澄?」
「そう! これから先は俺のことをそう呼んでくださいよ。約束してくれたら、ことみセンパイのことを助けてあげるっすよ」
……なんだか拍子抜けするくらいささやかな要求だった。本当に、こんなことでいいんだろうか。
「まあ、それくらいなら……」
「じゃあ、呼んでください」
「い……凍澄……」
しかし、改めて要求されると、呼ぶ際に妙な恥ずかしさがあるな……。
なんとも怪しげな空気の中、僕は何とかその名前を口にする。
すると鐘騨――もとい凍澄は、満足そうに破顔した。
そして僕を地面に下ろし(やっとお姫さま抱っこから解放された!)、再びクレハドール達に向き直る。
「お嬢さん方。というわけで君たちの提案は却下だ。鐘騨凍澄はことみセンパイの味方だからな」
「な……なによ! 損得勘定もまともに出来ないわけ!? このままじゃあんたは一生片思いのままなのよっ!」
クレハドールが癇癪を起こしつつそう叫ぶ。しかし、凍澄は引かない。
「君たちは何も分かってない。そんな洗脳じみた真似で作り出した気持ちに、一体何の価値があるっていうんだ? 天然モノと養殖モノじゃ、天然モノの方がいいに決まってんだろ。ことみセンパイがことみセンパイとして、俺を選んでくれないなら意味はないんだよ」
「そんな綺麗事だけでは、欲しいものなんて絶対に手に入らないんですからね! 手段のために目的を選ばないのは当然なんです!」
「……いや、多分逆だろそれ。正確には『目的のためには手段を選ばず』だな」
ライカのボケに律儀に突っ込みを入れる凍澄。なんだかんだ言って、律儀な奴である。そして、いい奴だった。
「あれ? そうでしたっけ? まだこっちの言葉には慣れてないんですよねー。でもまあ意味さえ通じればノープログラムです!」
「………………」
『ノープロブレム』だな、きっと……
「日本語は難しいからなあ、仕方ないと言えば仕方ないのかな」
「分かっていただけて何よりです」
……いや、だから、『ノープロブレム』は日本語じゃないんだけど……。……いや、やめよう。多分、突っ込むだけ不毛だ。
しかしライカの奴、実は結構バカなんじゃないのか? 腹黒くはあってもなんとなく優等生キャラを想像してしまったのだけれど、認識を改めなければならないようだ。
「ついでにさっきの言葉に対しての答は、『本当に欲しいものに対してこそ、誠実に向き合わなければ意味がない』だ」
「………………」
凍澄、本当にいい奴だ。僕が女だったら絶対に惚れてるぞ。勿体ないなぁ……。
「いや、男のままで惚れてくれても大歓迎っすよ?」
「だから、心を読むな!」
っていうか僕ってそんなり分かりやすいのか!? 考えてることがダダ漏れなのか!? ヤバい! それはヤバいぞ!
「じゃあ、ことみセンパイはちょっとここで大人しくしてて下さい。俺は俺でヒーローらしく活躍してくるんで」
「あ、ああ……」
凍澄はそのまま僕に背を向けた。何だか無駄に格好良く感じてしまうのはきっと気の迷いだ。そうに決まっている。
「さて、待たせたな。お嬢さん方。いつでもいいぜ」
「ふ、ふん。別に待ってたわけじゃないわよ」
おや、どうやらクレハドールはツンデレ属性があるらしい。しかし腐女子のツンデレ属性って、何だか微妙な気もするなぁ。
「凍澄くんとことみくんのラブラブシーンをじっくりゆっくり観察して今夜のオカズにしてるだけなんだからっ!」
……前言撤回。
やっぱり腐女子なんてろくでもない。
「それに私達は武器も持たないなりたて魔法少年に対して不意打ちをするほど腐ってませんよう。私達が腐るのは常にBL方向のみなんですから!」
……いや、それもどうよ。
なんだかなぁ……敵にも味方にも気の重くなるような連中しかいないっていうのは、なんか、かなり、凹む……
「御託はいいよ。腐りたいなら勝手に腐ってくれ。俺はことみセンパイさえ無事ならそれでいいんだ。他の奴をBL洗脳したければ好きにしろよ」
「ヒーローの台詞じゃないっ!」
ヒーローは他の奴はどうでもいいみたいな言い方はしないっ!
「いやぁ、俺ってば、ことみセンパイだけのヒーローのつもりっすから」
「気持ちは嬉しいけどっ!」
「嬉しいっすか!」
「……いや、複雑だけど!」
「……そんなあっさり訂正しなくても……せっかく誘導したのに……」
「するなっ!」
なんだこのしょーもない雑談。全然話が進まないじゃないか。自分の見せ場なんだから真面目にやろうぜ、凍澄。
「個人的には見せ場よりも濡れ場の方が気合が入るっすけど」
「黙れ――っ!」
「それに俺は武器なんか持たなくても十分に強いし。でもまあ、一応ことみセンパイの前だし、暴力的な攻撃は控えた方がいいかもしれないな」
どうやら女の子に平気で暴力を振るうのは控えてくれるらしい。確かに、凍澄が本気になれば、クレハドール達はひとたまりもない……かもしれない。少なくとも肉弾戦に持ち込めば凍澄が有利なはず。
「べつに、僕は腐女子を女だとは思ってないから、痛めつける分には構わないぞ」
僕の所為で凍澄が本気を出せないというのも何だか悪い気がしたので、一応そう断っておく。
「そっすか? なら遠慮なく」
凍澄は自然体の構えを取る。どんな状況でも自由に動ける、凍澄の無敵スタイルだ。
「ば……馬鹿にすんじゃないわよ! なりたて魔法少年のくせにっ!」
やはりキレたのはクレハドールが先で、一瞬で砲撃銃を具現化し、凍澄へと向ける。エネルギーチャージを高速で行い、そして引き金を引こうとする。
ちょっと待て。その方向だと僕も巻き込まれる!
僕は慌てて射線上から逃れようとするが、
「え?」
一瞬、凍澄の姿が視界から消えた。
「へ?」
「あれ?」
クレハドール達も同じように凍澄を見失っている。
そして、
「――――――っ!?」
クレハドールは慌ててシスター服のスカート部分を両手で押さえた。
「わわわっ! クレハ姉さま!」
勿論、両手で持っていた砲撃銃も落としてしまったので慌ててライカがキャッチする。
そして凍澄はどこに行ったかというと……
「あ……あああああ……あんたねぇ――――っ!」
クレハドールの後方にいた。そしてその手には、小さな布が握られている。
黒い、三角の布だ。
……って、待て待て待て待て! あれってまさか――!
「か、返しなさいよあたしのパンツーっ!!」
「………………」
僕は盛大にこけた。そりゃもう受け身を取る余裕もなく、顔面からこけてしまった。こけずにはいられなかった。
何してんだよあいつは――っ!!
「いやあ。殴るのも蹴るのも関節決めるのも気が引けるし……寝技は論外だろうし……だったらこういう方向で攻めるのが無難かなーって」
ひらひらと、クレハドールのパンツを指で弄びながら、凍澄は口角を吊り上げる。
「ちなみにもう片方のお嬢さんからはブラジャーでも奪ってやろうと思ったんだけど……」
「まままま、まさかっ!」
慌てて巫女服の胸元を確認するライカ。
気持ちは分かるけど人目を気にしよう。思春期真っ盛りの少年の前で胸元の服を引っ張ってその中身を確認するのは、女の子の行動としてはかなり問題があると思うぞ。ちゃんと角度を気にしないと、僕のいる位置からも見えてしまいそうだ。
「きゃああぁぁぁああ――っ!」
そして、やはり何かを奪われていたらしいライカは、悲鳴を上げて凍澄の方を睨んだ。そして凍澄の左手には白い布……というか紐(?)が握られていた。あれって……やっぱり……
「まさかサラシなんてなぁ。マニアだね、お嬢さん」
「バカー! 変態! 変態! かかかか返しなさいよ――っ!」
「そそそそそうですよう! 返してくださいよう!」
「あっはっは。今更ゲイ相手に変態なんていわれてもなぁ。ところでこれ、マニアに売ったらいくらぐらいすると思う?」
変態には変態の繋がりでもあるのだろうか。場合によっては本当に売ってしまいそうな感じだ。
「――――なあ、クードリリエ」
「にゃんだ、殊巳」
「あいつと融合してるのって、お前の同類なんだろ?」
「その通りにゃ」
「つまり、凍澄は僕の仲間ってことか?」
「………………………………その通りにゃ」
必要以上に沈黙の時間が長かったあたりに、クードリリエの心情が現れている。
「今後あいつら絡みで何か問題が起こったら、僕は凍澄とタッグを組まなければならないってことか?」
「………気持ちは痛いほどわかるにゃ」
腐女子の敵と、変態の味方。どちらがよりタチが悪いかと言えば、それはやはり後者だと思う。敵に回すと恐ろしいが、味方についても恥ずかしい……。
「ただ、確実に言えるのは、あの変態は間違いなくSSランク魔法師相当の能力を持っているということにゃ」
「……そうなのか?」
といっても、SSと言われてもいまいちぴんと来ない僕だった。クレハドールがAランクと言っていたから、それよりも随分と格上だと言うことくらいしか分からない。
「そうにゃ。実はあの変態に融合しているアークドライブ、ティアトリーゼ・アインセルは、マイスター・マリセスの創った融合型アークドライブの中でも、とびっきりの異端にゃ」
「異端って……」
「適合率百パーセントでなければ、融合自体が不可能な端末。ただし、百パーセントの適合率だからこそ、ティアトリーゼの能力を最初の段階から百パーセント引き出せるにゃ。わがにゃん達アインセルシリーズは、フルパフォーマンスで起動した場合、SSランク相当の力を発揮できるにゃ」
「………………」
「ティアトリーゼは今まで適合者がいなかった融合型アークドライブにゃ。そのティアトリーゼと適合した唯一の存在。はっきり言って、クレハドール達なんかじゃ相手にもにゃらないはずにゃ」
「………………」
あいつに欠点はないのかっ!
天井知らずの天才めっ!
……いや、あるか、欠点。
全てを台無しにする欠点が。
つまり、変態。
「それで? まだやるかい? お嬢さん達。もう少しくらいなら付き合ってやってもいいぜ」
「くぅ――! バカにしてっ! ライカ!」
「勿論です! このままでは引き下がれません。せめてパンツとサラシを取り返すまではっ!」
……趣旨が変わってるぞ。
初志貫徹って大事だよな。
「よーし。かかってこいっ! 相手してやるぜ。そしてことみセンパイにもっと格好いいところを見せてやる!」
そして凍澄は再び戦闘姿勢を取るために、左手に持っていたサラシを鉢巻のように頭に巻き……
「きゃあぁぁぁああっ! やめてやめてやめてやめてくださいぃぃぃいいい――っ!」
右手に持っていたパンツをその上からかぶった。
「ぎゃあぁぁぁああああっ! あたしのパンツは帽子じゃないぃいいいっ!」
ライカ、クレハドールが共に、女子らしくない悲鳴を上げる。……無理もない。あんなことをされて平気な女子がいたら、それはもう既に女子ではない。たとえ腐女子であろうと……
「……凍澄。その時点で既に格好良くはないぞ。むしろ変態度が増したというか……」
さすがに見ていられなくなって僕は声をかける。せめてパンツとサラシだけは返してあげて欲しい。
「嫌だなぁ。別に匂いかいだり口に含んだり舐めたりなんかしてないじゃないっすか。それに俺は女子の下着に欲情したりしませんしね」
……それもどうかと思うけど。
「ことみセンパイの下着なら鼻血もんっすけど」
「それはやめてくれっ!」
考えるな。考えたら色々と終わる!
「とにかく返してやれよ」
「んー。ことみセンパイがそう言うなら」
あっさりと、ぽいぽいと、凍澄は二人の下着を放り投げた。
「うわぁぁぁーんっ!」
「これはこれでむかつきますぅ――っ!」
二人ともしっかりと己の下着をキャッチしつつも、やはり納得がいかないようだ。……ま、当たり前か。
「でもまだやるっていうんなら、今度はパンツやサラシなんてけちくさいこと言わずに、全裸にしてやるよ」
「………………」
またヒーローらしくもない問題発言を……
「あああああんたこそ全裸に剥いてことみくんと強制結合させてやるんだからぁーっ!」
「そそそそそうです! 映像記録に収めて私達ローゼン・シュヴァルツのコレクションにしてあげるんですからぁっ!」
「結合言うなっ!」
いやいやいやいや。マジでどっちが悪役か分かんねーよ。とりあえず保身のために凍澄を応援しなくちゃいけないんだろうけど……複雑だなぁ。応援したくないなぁ……。
「――なあ、ローゼン・シュヴァルツって何だ?」
「あいつらの組織名にゃ。ローゼン・シュヴァルツ(黒き薔薇)。クレハドールもライカも、それぞれシンボルである黒い薔薇をつけているにゃ」
「ああ。なるほどね」
ロクでもない名前だった。カタカナ名だけは格好いいだけに、余計にタチが悪い気がした。
「ライカっ!」
「はいっ! 準備完了です、クレハ姉さま!」
「お?」
気付いたときには、凍澄が桜色の鎖でがんじがらめにされていた。僕にかけられている拘束魔法と同じものだ。
「おおっ! びっくりだ。意外とやるじゃないか、お嬢さん」
一方、がんじがらめにされた凍澄は、何故だか余裕の態度だ。
「お、おい。おかしくないか? 確かあの鎖、僕が喰らったときには空間の穴からいきなり伸びてきたけど、今度はノーモーションで発生してたぞ?」
鎖が凍澄に巻きついたのではない。初めから凍澄があの鎖に巻きつけられていたように見えた。そこに至るまでの過程が、まるで認識できなかった。
「ライカはあれでも複合魔法のエキスパートにゃ。限定付きAAランク魔法師。拘束魔法と不可視魔法を同時に行ったにゃ。ただ、わがにゃん達に見えなかっただけで、ゆっくりと、じっくりと、鎖はあの変態に巻きついていたにゃ。そして、拘束した段階で不可視魔法を解除したにゃ」
「――見えなきゃ防ぎようがない……か。マズいな、このままだと凍澄がやられる」
そうなると僕が凍澄にヤラ……うわああぁぁっ! 考えるな! 考えるなぁっ!
しかし僕にも打つ手がない。僕の身体は空間固定こそ解除されたものの、未だにライカの鎖が胴体に巻きついているのだ。
「ふっふっふ。よくもまあ散々コケにしてくれたわねっ!」
やっと仕返しが出来て気分がいいらしく、クレハドールは邪悪な笑みを浮かべた。
「こんどはあんたのパンツを奪ってやるわっ!」
「……………………」
だから、また目的がズレてないか? お前ら……
「えーっと、じゃあ私は……あれ? どこを奪えばいいんですかぁ? クレハ姉さま」
サラシを奪われたライカには、対として奪えるものがなかった。……たしかに、ブラジャーなんて凍澄がしてるわけないしなぁ。
「む……そうね。じゃあことみくんのパンツでも奪いましょう。それでイーブンよ」
「あ、そうですねっ! さすがクレハ姉さま! 冴えてますっ!」
冴えてねえっ!
早速凍澄のパンツから奪いにかかる二人だが……
つーか女の子が二人がかりで大の男のパンツを奪いにかかる姿って……
「ふっ……」
しかし凍澄は拘束されたままにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべていた。そして耳を澄ませてみると……
ピキピキピキピキピキ……
気のせいか、何かがひび割れる音が聞こえる。
「えっ!? えっ!? ええぇぇえぇぇぇっ!?」
悲鳴を上げながら驚いているのは、拘束しているはずのライカ。自分の拘束魔法が、力ずくで破られるのを目にしているからだろう。桜色の破片がパラパラと落ちていく。凍澄を縛る鎖はだんだんとその強度を失っていき――
バキィン!
最後には一気に砕け散った。
「な……ななななななっ!?」
「うっそぉ――……」
クレハドールとライカ、二人が二人とも信じがたい声をあげるのも無理はない。喰らっているからこそ分かるのだが、この拘束魔法の鎖、鉄並の強度がある。それをまさか、力ずくで破られるとは思っても見なかったのだろう。
当たり前だ。僕だってこの目で見ても信じられないんだから。一体どれだけ馬鹿力なんだ、あいつは。
「どどどどどどどうしましょう、クレハ姉さま! この脳筋族、拘束するのは無理みたいですぅ!」
「くぅ! 恐るべき脳筋族! こうなったらライカの不可視魔法とあたしの砲撃、このコラボで攻めるしかないわねっ! 少なくとも不可視魔法は見破れないっ!」
「そそそそそうですね、クレハ姉さま。そうしましょう。すぐにしましょう!」
二人とも、動揺から回復するにはそれなりの時間がかかりそうだ。凍澄のパンツも、ついでに僕のパンツもひとまず安全らしい。
「さっきから脳筋脳筋うるせえな。俺は別に脳筋族じゃないぞ。オールアラウンダーの万能キャラだ」
……自分で言うか。
「さっきのだって鎖そのものに抗性プログラムで割り込みをかけて、あとは脆くなったところを引きちぎっただけだし」
「器用過ぎるっ!」
「万能すぎるっ!」
「「変態なのにっ!」」
クレハドール・ライカ、ダブルの突っ込みが入った。
つーか腐女子のくせに変態は批難するつもりか。
「……まあ、ティアトリーゼのマスターになれるくらいなんだからあの程度は当然にゃ」
「世の中変態こそが最凶なのかな……」
「あれはあれで特殊な気がするにゃ」
「……だよな」
少し離れた位置で、僕とクードリリエはことの推移を眺めつつも、妙に脱力していた。凍澄に関しては、こっちが心配するだけ無駄というものだろう。
「今度は俺の番だな」
「ひぃっ!」
「あうっ!」
ニヤリ、と口元を歪める凍澄。クレハドール達は完全に気圧されている。全裸にしてやる、という言葉が効いているのだろう。凍澄は口だけの男じゃない。やるといったら必ずやる有言実行の男だ。既にコラボ攻撃のことも頭から消えているようだ。
そして凍澄の左手には、いつの間にか杖が握られていた。それはまさに、魔法使いの杖に相応しい形状だった。
一.五メートルほどの長さの棒の先端には、緑色の宝石がはめ込まれている。その周りにはシンプルな意匠が施されていた。
凍澄の固有武装は武器ではなく杖ということか。
「ちょっと意外だ。あいつのことだから、もっとごっつい武器が出てくると思ってた」
「にゃー。あれだけの脳筋っぷりを見せておきながら、戦闘資質は後衛型……? 本当に万能キャラにゃ」
クードリリエは呆れたように呟く。本当に呆れ返っているのだろう。天は二物三物どころか万物を与えるらしい。代わりに余計なものまで与えるみたいだけど。
「まずは、こう……だったな」
凍澄が杖を二人に向ける。そして宝石と同じ緑色の光が杖の先端に集束した。
「きゃあっ!」
「う、うそぉっ!?」
すると、突然空間から発生した緑色の鎖が二人を拘束した。
ライカの拘束魔法。それを、凍澄は二度見ただけで、一度食らっただけでモノにしてしまったらしい。しかも二人同時に、八本の鎖をそれぞれ巻きつけている。
「おー。成功した。よかったよかった。ことみセンパイの前で失敗したらてげ格好わりーし」
「どどどどどうやって――」
納得がいかないとでも言いたげに暴れるライカに、凍澄は律儀に説明する。
「さっき抗性プログラムと一緒に解析プログラムも割り込ませたからな。それで大体の仕組みは把握した。どうやらお嬢さん方の使う魔法ってのは九割方がプログラムに依存しているみたいだな。テンプレートがあるからこそ瞬時発動が可能になる。だったら同じようにプログラムで解析できるはずだろう? さっきの……えーと、不可視魔法? あれももう一度見せて貰えば、多分破れるぜ?」
「そ……そんなぁ――」
限定AAランクのプライドが瓦解したのか、涙目になるライカ。無理もない。僕だって同じことをされたら泣きたくなる。
自分が今まで努力を重ねて形にしてきたものを、無意味だと言われているようなものだ。
才能の前に平伏す努力の時間。
それは、とても空しい。
「なあ、ティア。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
二人を拘束して気が緩んでいるのか、早速相方と悪巧みの相談を始める凍澄。きっとロクでもないことを話しているのだろう。
「ふむふむ。同じ構成なのか。だったら、いけるかな?……なんだよ、いいじゃないか。有言実行って大事だぞ」
……やっぱりそういうつもりらしい。どういう手段を用いるかは不明だが、凍澄は本当に二人を全裸にするつもりでいる。
止めたいのは山々だが、こうでもしないと二人を無傷で引き下がらせることも難しそうなので、僕は大人しく見守ることにした。
「ク、クレハ姉さま……」
「うぅ――っ! こんな変態にいいようにされるなんてぇっ!」
鎖に拘束されながらも、無駄な抵抗を続ける二人。しかし、二人が暴れたところでビクともしない。それは喰らった僕が一番よく知っている。
拘束されながらも抗性プログラムを割り込ませる……などという器用な真似は、この二人には出来ないようだ。
凍澄の杖に再び緑色の光が集束する。今度のはちょっと威力が強そうだ。
「こんなものかな」
凍澄はのんびりとした調子で、杖を二人へと向ける。
そして――
「有言実行! 『脱衣ストリーム』!」
…………酷いネーミングセンスだった。『脱衣麻雀』のノリかもしれない。緑色の暴風が、クレハドールとライカへと襲い掛かる。
「いいいいやあぁぁぁぁああっ!」
「きゃあああ――っ!」
凍澄の風魔法。『脱衣ストリーム』は、二人の肉体を傷つけることなく、見事に衣服だけを剥ぎ取っていた。二人を拘束していた鎖も、同時に砕け散る。
つまり鎖に邪魔されることなく、オールヌードが拝めてしまう。
「うわぁ……」
目を逸らすべきか、それとも迷惑料として目の保養くらいはさせて貰うべきか、非常に悩みどころだった。
「殊巳。何か変なことを考えてにゃいか?」
「とんでもない。健全な男子高校生として当然の悩みについて思考しているだけだ」
「………………」
クードリリエは何か言いたそうだったが、無言を選んだようだ。
「ク、クレハ姉さまあっ! 無理です! この変態さんには勝てません!ここは一旦退きましょうっ!」
「くうぅっ! 殺す! あいつは絶対に殺すっ! いつか殺すっ!」
全裸にされたクレハドールとライカは、さすがにこのままの状態で戦い続ける気力はないらしく、撤退を選ぶようだった。
「クレハ姉さま、見えます! 隠してくださいぃっ!」
上も下も隠さないまま憤慨しているクレハドールを、自分の身体ごと隠そうとするライカ。どうやら手のかかる姉さまのようだった。
「別にわざわざ隠さなくても、女の裸体なんかには興味ないぜ。俺が欲情するのはことみセンパイの裸体だけだ」
「誤解を招くような発言をするなっ!」
まるで僕の全裸を見たことがあるみたいな言い方じゃないかっ!
…………いや、見られてない……よな?
記憶の限りでは、そのはず……
「それはそれでむかつきますっ!」
そして女性陣にとっては全裸にされた挙げ句にあんまりな言い草だったらしく、変なところで憤慨するライカだった。……欲情されても困るだろ。しかしまあ、気持ちは分からなくもない。
「じゃあ、興味津々だからその胸を思う存分揉ませろ、とでも言えばいいのか?」
「いいわけあるかーっ!」
今度はクレハドールがキレた。男にとっても女にとっても脅威になる変態だった。
しかしまいったな。クレハドールの方が着やせするタイプだったのか、予想以上に巨乳だ。しかも隠さないまま暴れるもんだからモロに揺れる様が視界に入ってくる。そろそろ何とかしないと鼻血が出そうだ。
「きょ、今日のところはこれで引き下がりますけど、この恨みは絶対に忘れませんからね! 凍澄さん、ことみさん!」
「え? 僕も!?」
涙目でそんなことを訴えてくるライカにぎょっとした。
僕に関しては逆恨みもいいところだと思うのだが。むしろお前らに穢されかけた被害者とも言えるし。
しかし凍澄の仲間だと見なされている以上、仕方がないのかもしれない。
「座標一一二七六-五四二。転送開始っ!」
ライカはクレハドールを抱えたまま、その場から消えてしまった。
転送魔法という奴らしい。
ホント、何でも有りだよな、魔法って。
二人が消えたのを確認してから、凍澄は僕の方を振り返った。
「大丈夫っすか? ことみセンパイ」
「大丈夫じゃない。とりあえずこの鎖を何とかしてくれ」
僕には自力で解くなんて真似は出来ない。悔しいが凍澄に頼るしかない。
「あ、忘れてた」
パチン、と指を鳴らすだけであっさりと鎖を解く凍澄。
「…………」
なんだろう、この敗北感は。とてつもなく悔しいぞ……
「一応、いつでも解けるように抗性プログラムは入れといたんすけどね。縛られてることみセンパイってのも中々欲情モノだったんで、せっかくだから堪能させて貰いました」
「最悪だなっ!」
それが出来るなら最初から解けよっ! 一瞬でもこいつを味方だと思った数分前の自分を罵りたい気分だよっ!
「そんなに怒らないでくださいよ。ことみセンパイが危なくなったらちゃんと解くつもりだったし。それに……」
「それに……?」
「あの程度、自力で解けない方が悪い」
「――――っ!」
酷っ!
確かにそうだけど、魔法少年一日目のど素人に何てこと言いやがるんだこいつはっ! お前みたいな天才キャラと一緒にするな! こっちは凡人なんだよっ!
「まあまあ、ことみセンパイのことは俺が守ってあげますから、安心して弱っちいままでいてくれて問題ないっすよ」
「ムカつくなっ! 二度と凍澄の助けなんか借りるもんかっ! 見てろよ、絶対に強くなってやるぞ!」
「じゃあピンチになっても助けなくていいんすか?」
「いいっ!」
「了解っす。じゃあ次からことみセンパイが俺に助けを求めたらペナルティがあるってことで」
「……ペナルティ?」
いや、元より助けられるつもりはないけれど。しかしもしもの場合は……凍澄のことだから多分本当にピンチになったときは助けてくれるだろうけど……しかし、ペナルティというのが気になる。
「一ヘルプにつきキス一回」
「なっ!」
「確かことみセンパイってファーストキスはまだっすよね? 彼女がいたなんて話は聞いたことがないし」
「う……」
「うかうかしてると、俺がことみセンパイのファーストキスを奪うっすよ?」
「嫌だあっ!」
ファーストキスの相手が男だなんて絶対に嫌だ! か、彼女を作ればいいのか!? 少なくともファーストキスはそれで守れるのか!?
……いやいや、だからと言ってセカンド以降が危険なことには変わりないけれど……
こうして、僕の魔法少年ライフの一日目は過ぎていった。
災難有り、貞操ピンチ有り、ポロリ有りの刺激的すぎる一日だった。
もう少し平穏でもいいと思う。




