魔法少年の敵は魔法少女(腐女子)!
悪夢のような非現実。
しかし、それは存在した。
僕の家から三.七キロ先にある薄野公園。
公園と言っても遊具は少なく、どちらかというとグラウンド面積の方が九割方を占めている。野球やサッカー、ゲートボールなどで活用されそうな公園だ。
そのグラウンドの中心部に、一人の少女が立っていた。
僕の身体を操って少女の前に辿り着いたバカ猫は、その姿を見てぎょっとしたようだ。
「ク……クレハドール・フリーゲン!?」
それが少女の名前らしい。
身長は恐らく百六十弱だろう。
ピンクの髪に翠緑の瞳。ツインテールに結われた髪の付け根には、黒い薔薇の髪飾りがついている。
シスター服のような衣装に身を包んだクレハドールは、勝ち気な瞳をこちらに向けてきた。
「……その魔力波長……もしかしてクードリリエ!?」
クレハドールは驚いたように公園にたどり着いた僕の方を見る。
そして……
「きゃ――っ! 美少年よ美少年――っ!」
いきなり黄色い声をあげた。
「………………」
嫌な予感がする。
美少年……褒められているのは確かだが、しかしその方向性が何だか怪しい。
「しかも猫耳! 尻尾! 『受け』の申し子のような存在だわっ!」
「……………………」
腐女子だ!
こいつは紛う事なき腐女子だ!
「おい、バカ猫」
「にゃんだ」
「あいつは敵か?」
「敵にゃ」
「地球侵略が目的何じゃなかったのかよ?」
「その通りにゃ。地球上に存在する男性体の意識操作。つまり、ゲイの人口を増やすことがこいつらの目的にゃ」
「………………………………」
「地球侵略といっても別に征服が目的じゃないにゃ。自分達の娯楽のために地球上のゲイを増やして、それを楽しみたいだけにゃ」
「……あ、ある意味地球征服よりも最悪だな」
「分かってくれると信じていたにゃ。ついでに言うと、わがにゃんとの適合率九十九パーセント越えはお前の姉だにゃ。これが魔法少女ではなく魔法少年を選んだ本当の理由にゃ」
「……分かりやす過ぎる」
確かに、架恋なんぞの手を借りた日には、クレハドールに寝返りかねない。腐女子同士、じわじわと世界を薔薇色に染めていくことだろう。
「とにかく、身体の支配権をお前に返すにゃ。わがにゃんもサポートするからあいつの暴挙を止めて欲しいにゃ」
「……気は進まないけど、分かった。僕も自分の身は大事だ」
バカ猫に手を貸してやる義理はないが、保身がかかるとなれば話は別だ。男人類ゲイ化計画なぞ、実現させてなるものかっ!
「取り込み中かな? 美少年。そろそろ始めたいんだけどね。どうせクードリリエに唆されてあたしを止めに来たんでしょ?」
「唆されて……つうか、騙されてって感じだけどな。だけど僕自身の貞操も危うくなりそうだし、ここは敵対させてもらうぞ」
「もちろん大歓迎よ。美少年の必死な姿を身近で見られるなんて、腐女子冥利に尽きるからねっ! たっぷり観察させて貰って今後のオカズにさせてもらうわ」
「………………」
本当に腐ってるなあ。つうか仮にも女の子がオカズとか言うなよ。
「ちなみに、相手が下っ腹の出た中年親父だったらどうするんだ?」
「……死ねばいいのに」
クレハドールは吐き捨てるようにそう言った。
「………………」
素直過ぎだな! ちょっと欲望に忠実過ぎないかっ!?
いや、一応敵だし、これくらいで丁度いいのか?
「始める前に質問してもいいか?」
「いいわよ。美少年の質問は無制限に受け付けまっする」
……いや、その語尾はどうよ?
「僕がここに来なかったら、一体ここで何をするつもりだったんだ?」
「うーん。実を言うと特に何かをするつもりはなかったわよ」
「?」
「実を言うと、この星には一週間前に着いたばっかりなのよ」
……いや、それ着いたばっかりって言わないぞ? というか、その一週間は何をしていたんだ?
「これでもスケジュールギリギリなのよ。アキバ行ってBL同人誌を買いあさって、池袋行ってBL同人誌買いあさって、中野行ってBL同人誌買いあさって、同人誌即売会行ってBL同人誌とBLゲーム買いあさって、乙女向けゲームショップ行って十八禁BLゲーム買いあさって、それから本屋でBLコミックやBL小説やBLドラマCD買いあさってたりしてたんだから!」
「ロクでもない忙しさだなっ!」
やってることが架恋と何一つ変わらないっ!
はるばる地球にまでやって来て何やってんだこいつ!
「同人誌もコミックも小説もゲームもドラマCDもそこそこ堪能して、ようやく時間ができたから、とりあえず偵察に来たのよ。この街のゲイ人口とゲイ希望人口の調査がてらね」
「………………」
「色々調べてから行動に移るつもりだったんだけど、こーんな上等な獲物が舞い込んでくるなんて、幸先がいいわ」
クレハドールはきゃっきゃっとはしゃぐ。本当に嬉しそうだ。
「ふん。生憎と僕はお前ら腐れ女子の玩具になってやるつもりはないよ。フルボッコにして故郷に叩き帰してやるから覚悟しろ」
僕は剣を構える。
雷の魔剣『ブリッツフライアー』。
僕自身の魔法資質に合わせた固有武装……らしい。
多分、雷を放てるのだろう。詳しいことは使ってみなければ分からない。
「ふふん。あたしはこれでもAランク魔法師よ。いくらマリセス博士のファーストピースと融合したからって、ど素人の勝てる相手じゃないわよ」
「……まりせす? ふぁーすとぴーす?」
聞きなれない言葉に首を傾げていると、バカ猫が話しかけてきた。
「一応、わがにゃんのことにゃ。詳しい説明はこの騒動を片付けてからしてやるにゃ」
「ふーん。よく分かんないけど、もしかしてお前って結構凄い奴だったりするわけ?」
クレハドールの物言いだと、僕が素人でなかったらそこそこヤバかったように聞こえる。
「……まあ、マイスター・マリセスはわがにゃん達の世界でもトップクラスの天才にゃ。その作品であるわがにゃんを使いこなせば、Sランク相当の魔法師とだって十分に渡り合えるにゃ」
「ふうん……」
よく分からんが、とにかく凄いらしい。
バカ猫ではなく、バカ猫のマイスターが。
「ま、なんとかなるだろ」
とにかくクレハドールは獲物である僕を逃がすつもりはないみたいだし、ここでやり合うしかないだろう。
「じゃあ、行くよっ!」
クレハドールは右手を掲げる。その中指には指輪が嵌められていた。その指輪を中心に、黒い光が集まっていく。どうやら魔法という奴らしい。あの指輪を媒介にして使うようだ。
「まずはお手並み拝見ってことで『ブラスト・ローゼン』!」
黒い光は一気に弾けて、花びらのように襲い掛かってくる。
その名の通り、花びらの嵐だった。
「くっ……」
目の前に広がりきった黒い花びらの嵐。避けることは不可能だ。ならば、多少喰らうことを覚悟して懐に斬り込むか……
「殊巳」
「!」
「魔力の流れをブリッツフライアーに集中するにゃ。あとはそれをぶつけるだけでいいにゃ」
……そうか。
お前は、このタイミングで僕の名前を呼ぶのか。
僕を、信頼するのか。
ならば……。
「わかったよ。クードリリエ……でいいのか?」
僕も、
「ああ。クードリリエ・アインセル。それがわがにゃんの個体名称にゃ」
お前を信頼しよう。クードリリエ・アインセル。
魔力の流れ。
それは、乗っ取られてから今までの間に、クードリリエが強制的に体感させてくれていた。後はその流れを、自分で調整するだけだ。
僕の剣、ブリッツフライアーに雷が走る。
パリパリと明滅する紫電の光。凝縮されたエネルギーは、今か今かと解放されるのを待っている。
「今にゃっ!」
「おうっ! くらえ! 『腐女子撲滅雷槌斬』!」
ズガガガガンッ!
僕の放った雷は一気に広がり、一瞬でクレハドールの『ローゼン・ブラスト』を消滅させた。
「へえ、やるじゃない。さっすが美少年」
「いや、美少年は関係ない。単純に力量を褒めて欲しい」
「……確かに初めてであれだけの力を引き出したのは大したものだと思うにゃ。でも、正直あのネーミングセンスはどうかと思うにゃ」
「……なんでだよ。僕の心情と能力特性がよく表れたいい名前じゃないか」
「――まあ、フィーリングも大事だから、その辺りをうるさく言うつもりはにゃいんだけど……」
……どうも、僕のネーミングセンスが気に入らないらしい。
「じゃあ次、行くわよ。『シャドウ・スフィア』!」
「っ!」
ポポポポポポポ……と、クレハドールの周りに黒い球が発生する。
「思念操作弾にゃ。避けても追いかけてくるにゃ」
つまり、クレハドールの思い通りに動かせるってことか。やっかいだな。
「どうすればいい?」
僕は素直にクードリリエにアドバイスを求める。魔法戦闘に関しては素人なのだ。助言があるに越したことはない。
「簡単にゃ。叩っ斬ってしまえばいいにゃん」
「なーるほど。確かに分かりやすいな」
野球は割と得意だ。試合経験はないけれど、バッティングセンターは常連なのだ。百キロ越えの球だって打ち返せる。同じ要領で、叩き斬ればいいだけだ。
「うおりゃーっ!」
ズバッ!
バシュン!
ズバン!
バシン!
パンッ!
ズギュン!
合計六つの思念操作弾、クレハドールの『シャドウ・スフィア』を、一つ残らず叩き斬った。
「うわぁ……本当にやるわね。びっくりだわ。仕方ない、とっておきを出すわ」
そう言って、クレハドールは両手に光を集めた。
「……え?」
すると、クレハドールの両手には、大きな砲撃銃が握られていた。
「な……なんだあれ!? いきなり現れたぞ!?」
「落ち着くにゃ。わがにゃんは融合型アークドライブだから固有武装に制限があるけれど、一般的なアークドライブを使用する魔法師は、状況に応じて複数の固有武装を具現化できるにゃ」
「……つまり、技が豊富だってこと?」
「武器が豊富、ってことにゃ」
「……なるほど。それで、どうすればいい?」
「シールドで防ぐのは論外にゃ。クレハドールの砲撃魔法はシールドを削り取る威力があるにゃ」
「じゃあよけるか」
「それしかないにゃ。砲撃魔法は魔力消耗が激しいにゃ。三発も撃てばすぐに魔力切れを起こすはずにゃ」
「わかった。その三発は何がなんでも避けてやる」
僕は魔力制御を脚に集中して、回避行動に専念しようとする。
いつ撃たれても避けられるように。
「いっくよーっ! 美少年!」
「………………」
クレハドールは砲撃銃を僕に向けて、チャージを開始する。僕は銃身に意識を集中し、撃たれるタイミングを測る。
「……なーんてね♪」
「……え?」
バチン、とクレハドールが片目を瞑る。
次の瞬間、身体の動きが固定された。
「なっ!?」
「しまったにゃっ!」
クードリリエが気付いたときには既に遅かった。僕の身体は背後からいきなり出現した桜色の鎖によって捕らえられる。僕の周りには不自然な空間の穴が四つほどあり、そこから伸びてきた鎖、四本全てが僕の身体に巻きついている。
「くっ……」
しまった、全く動けない。
「えへへ。クレハ姉さま、遅くなってごめんなさい。ライカ・ファランクス、ただいま戻りましたぁ」
そして背後からは、恐らくこの鎖を出現させたであろう少女の声が聞こえた。
ライカと名乗った少女は、巫女装束を着ていた。しかし上は白だが、肝心の袴はクレハドールと同じく真っ黒だ。黒巫女……のつもりなのかな。身長はクレハドールとそんなに変わらない、やや低い程度だ。青い髪をポニーテイルに結ってある。そして共通の象徴なのか、クレハドールと同じように黒い薔薇の髪飾りを付けてある。髪と同じく青の瞳。クレハドールとは対照的な、大人しそうな印象はあるものの、腹に一物も二物もありそうな感じだった。
姉さま、というあたり、立場はクレハドールの方が上なのだろうが、より油断ならないのはこのライカの方だろう。
「ホント、遅いわよライカ。待ち合わせ時間は一時間も過ぎてるわよ」
一時間も律儀に待っていたのか!
見かけによらず気が長いのかもしれない。
「えへへ。すみませんクレハ姉さま。ちょうどゲームが濡れ場シーンに入っちゃてたんで、やめるにやめられなくって」
……ポリポリと頭を掻きながら何を言っているんだこいつは。ゲームってやっぱりBLゲームだよな……BLゲームのエロシーンを最後までやりたかったが為に、待ち合わせ時間を一時間も過ぎるって……有り得ないだろ、それ。『やめるにやめられなくって』というよりは『病めるに病みまくって』と言ったほうが相応しい。僕ならケリの一発でも入れているところだ。
「そっか。なら仕方ないわね」
「えへへー。クレハ姉さまならそう言ってくれると思ってました」
って、いいのかそれでっ!
こいつら腐り過ぎだ!
「それで、どうだった?」
「えへへ。それがですねぇ。×××で×××が××××になっててもうすっごいんですよぉ!」
ぎゃーっ! 耳が腐るーっ! やめろーっ! 僕のそばで鼻息荒くしながらなんつー会話をしてやがるーっ!
「じゃあ××××も?」
「はいっ! ×××××が××××で×××××なのですよっ!」
「おおっ! さすが日本製! 濡れ場シーンには並々ならぬこだわりがあると見たっ!」
「ですよねっ! 明日は新しいキャラの攻略に入りますし、今後どうなるかもう楽しみで眠るのが勿体ないくらいです!」
「よしよし。ならばゲームを再開するためにさっさとこの美少年を片付けてしまおう」
「はい。クレハ姉さま」
「その流れで結論を僕に持ってくるなっ!」
嫌過ぎるぞ!
僕は何とか鎖から逃れようとするが、びくともしない。せめて縛られたままでも移動くらいは出来ると思ったけれど、どうやら空間ごと固定されているらしく、それもできない。そんな僕の様子を嘲笑いながら、クレハドールは砲撃銃を消して、右手にハンドガンを出現させた。
六連リボルバー。その銃口を、僕の胸の辺りに当ててくる。
「くっ……」
絶体絶命!
苦節十七年。僕の人生はこんなところで終わってしまうのか……
「安心していいわよ。殺したりしないから。美少年は世界の至高財産よ」
「そうですよ。クレハ姉さまの『ローゼン・ファンタズム』はあくまでも具現化銃ですから、弾丸もただのプログラムなんです。撃たれたところで命の危険はありませんよ」
「そうそう。ちょっと染色体に異変を起こさせて、君の性的指向を同性愛寄りにするだけだから」
「命の危険の方がまだマシだ!」
人間として殺されるのも男として殺されるのも、はっきり言って大差ないぞ! 尊厳が守られる分前者の方がまだマシだ!
「次に目覚めたとき、君は男にしか興味が持てなくなってるはずよ」
「心配しないでくださいな。わたし達がちゃんと立派な殿方を見繕ってあげますから」
「いやだぁぁ――――っ!」
いっそ殺してくれ――――っ!
がちり、と引き金に指がかけられる。
もう駄目だ! と僕は目を閉じる。
そして……
「そぉこまでだぁ――っ!」
次の瞬間、風が僕の周りを包んだ。




