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第9話 ショッピングモール

 ショッピングモールに足を踏み入れると、唯月はまず周囲を見渡した。


 平日の昼間だというのに、館内は多くの買い物客で賑(にぎ)わっていた。

 広々とした通路の両側には、衣料品店や雑貨店が並んでいる。


「さて、まずは服だな。好きなものを選んでくれ」


「わかりました」


 美俐沙は周囲の店を見渡し、そのうちの一軒に目を留めた。


「……あのお店でもいいですか?」


「ああ。俺はちょっと用事を済ませてくる。二十分後に戻るから、それまでに買うものを決めておいてくれ」


「はい」


 美俐沙が答えると、瑠丹が不安そうに唯月を見上げた。


「佐伯さん……ちゃんと、戻ってきてくれるよね?」


「どうだろうな」


「えっ……!」


 瑠丹の表情が強張った。


「ちょっと! 怖がらせないでください!」


 美俐沙が唯月を睨んだ。


「はいはい。またあとでな」


 唯月は悪びれる様子もなく答えた。

 美俐沙は呆れたように息を吐くと、瑠丹の背中に手を添えて店内へ促した。


 三人が衣料品店へ入っていくのを見届けると、唯月は館内の案内表示を軽く確認し、その場を離れた。

 店内に入った美俐沙は、唯月が立ち去った方を振り返った。


「もう、ほんとになんなの、あの人……適当なことばっかり」


「でも、悪い人じゃない……よね?」


 瑠丹が少し自信なさげに言った。


「……たぶん。まだわからないけどね」


 そう言って視線を落とした美俐沙の手を、愛珠奈が引いた。


「考えても仕方ないって。とにかく、服を選ぼ!」


「……だね」


 美俐沙は小さくうなずき、三人は店の奥へと歩き出した。



 ◇◇◇



 一方、唯月は館内の案内表示を頼りに、地下の搬入口へ向かっていた。


 大型のショッピングモールであれば、従業員用の廃棄物集積所が設けられているはずだ。

 制服の処分に使えそうか、確認しておきたかった。


 しばらく歩くと、搬入口へ続く通路が見つかった。

 入口には従業員専用の表示があったが、唯月は気にする様子もなく、何食わぬ顔で通路へ入っていった。


 搬入口では、作業員たちが荷物を運び込んでいる。

 その近くには、廃棄物を集めるための区画も設けられていた。


 廃棄物は種類ごとに分けられていたが、どの区画にも大量のゴミ袋が積まれている。

 これなら、制服の入った袋を一つ紛れ込ませたところで、そう簡単には気づかれないだろう。

 唯月は集積所の様子をひととおり確認すると、傍らに積まれていた未使用のゴミ袋を一枚抜き取り、その場を離れた。


 その後、スマートフォンショップに立ち寄り、データ通信専用のプリペイドSIMを一枚購入した。

 店を出て通路を歩いていると、ショーウィンドウに映った自分の姿が目に入った。


 唯月は足を止め、少しだけ考えた。

 念のため、自分も格好を変えておいた方がいいかもしれない。


 そう考えた唯月は近くの衣料品店に入り、適当な服を見繕(みつくろ)って購入すると、手早く着替えを済ませた。

 伊達メガネを外し、持ち歩いていたワックスで髪型も変えると、鏡で軽く身なりを確認した。


 約束の時間が近づき、唯月は三人の待つ衣料品店へと戻った。


「待たせたな」


 声を掛けられ、三人が振り返った。


「……えっ?」


 愛珠奈が目を丸くした。

 そこに立っていたのは、先ほどとはずいぶん印象の違う唯月だった。


 服装は落ち着いた色合いのシャツとパンツに変わり、かけていた伊達メガネも外している。

 髪もセットされており、先ほどまでのどこか冴えない印象はすっかり薄れていた。


「佐伯さん……?」


 美俐沙が戸惑いながら声を掛けた。


「ああ。何だ?」


「いや、えっ……めっちゃイケメンじゃん!」


 愛珠奈が思わず声を上げた。


「……そうか?」


 唯月は特に気にした様子もなく答えた。


「メガネ外したんだ! 絶対そっちのほうがいいって!」


 愛珠奈は興味津々で、唯月の顔をまじまじと眺めていた。

 その隣では、瑠丹が熱のこもった眼差しで唯月を見つめていた。


「……王子様?」


「ちょっと、瑠丹!」


 美俐沙に声を掛けられ、瑠丹はハッと我に返った。

 思わず心の声を口にしていたことに気づき、みるみる頬を赤らめる。


「もう、愛珠奈も! 少し落ち着いて!」


 美俐沙が慌てて割って入った。二人の腕を引き、唯月から少し距離を取らせた。

 助けてもらったことには感謝している。だが、この男が何を考えているのか、いまだにさっぱりわからない。

 そんな美俐沙の警戒など気にも留めず、唯月は三人を見渡した。


「それより、服は決まったのか?」


「あ……はい。もう選び終わってます」


 美俐沙はそう答え、近くに置いていた買い物かごに目を向けた。

 そこには、三人が選んだ服や靴がいくつかのかごに分けて入れられていた。


「じゃあ、会計を済ませよう」


 唯月は買い物かごの一つを手に取り、レジへ向かった。

 美俐沙たちも残りのかごを持って、その後に続いた。

 会計を済ませると、唯月は店員に声を掛けた。


「すみません。買った服に着替えていきたいんですが、試着室をお借りできますか?」


 店員が快く応じてくれたので、三人はそれぞれ購入した服を持って試着室へ向かった。


 しばらくして、最初に試着室から出てきたのは美俐沙だった。

 春らしい色合いのブラウスに、すっきりとしたシルエットのパンツ。

 店ではまとめていた髪もほどかれ、艶(つや)やかなストレートヘアが背中へと流れている。

 その姿は、まもなく十八歳を迎える少女とは思えないほど大人びていた。


「どうでしょうか?」


「ああ。いいんじゃないか」


 唯月が答えると、美俐沙は少し意外そうな顔をした。


「……そうですか。ならいいですけど」


 続いて姿を見せたのは愛珠奈だった。

 シャーリングの入った白いブラウスに、ゆったりとしたデニムパンツを合わせている。

 明るい色のウェーブヘアはハーフアップにまとめられており、三人の中では一番華やかな雰囲気だ。


「どう? 変じゃない?」


「うん。いいんじゃないか」


「美俐沙と一緒じゃん! でも、ありがと!」


 最後に、瑠丹が試着室のカーテンを開けた。

 淡い色のカーディガンに、膝丈のスカート。ブラウンの髪は肩のあたりで軽く外に跳ねている。

 小柄な体格によく似合う、年相応の可愛らしい服装だった。


「じゃーん! どう?」


「いいんじゃないか」


「もー! 佐伯さん、そればっかり!」


 そう文句を言いながらも、瑠丹は嬉しそうにその場でくるりと回ってみせた。

 久しぶりに好きな服を着られたことが、よほど嬉しいらしい。

 三人とも、先ほどまでの制服姿とはずいぶん印象が変わっていた。


「じゃあ、制服はこれにまとめて入れてくれ」


 唯月は先ほど拝借(はいしゃく)したゴミ袋を広げ、三人に差し出した。

 美俐沙たちは脱いだ制服や靴をそれぞれ袋に入れた。

 唯月は三人分が揃ったのを確認すると、袋の口を縛った。


「次は日用品だな。行くぞ」


 唯月は制服の入った袋を手に、三人を連れて衣料品店を出た。

 すぐ近くの日用品を扱う店に着くと、唯月は三人に声を掛けた。


「俺はこれを処分してくる。すぐ戻るから、必要なものを選んでおいてくれ」


 三人は一度顔を見合わせてから、そろってうなずいた。

 

 唯月は、あらためて地下の搬入口へ向かった。

 従業員専用の通路を抜け、廃棄物の集積所へ入った。


 制服に仕込まれたGPSは、無理に取り外したり破壊したりしない方がいい。

 何らかの異常を検知する仕組みがある可能性もある。


 いずれゴミとして処理されれば、GPSが壊れて位置情報が途絶えることもあるだろう。

 だが、その頃には三人はとっくに別の場所へ移動している。今さら追跡の手掛かりにはならないはずだ。


 唯月は制服の入った袋を、同じ種類のゴミ袋が積まれた場所に紛れ込ませた。

 周囲では作業員たちが忙しく動き回っていたが、誰も彼に目を留めることはなかった。

 そのまま何事もなかったかのように、唯月は集積所を後にした。

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