1-3
「母さん。今日は調子が良いんだね」
エルの差し出した木椀をひっくり返さずに受け取ったカルラは、焦点の定まらない瞳でじっと見つめ続けた。カルラのために柔らかく煮込んだマカロニは、エルが最も得意とする料理だった。
配給物資の中に、きっとアリスが紛れ込ませただろう魔法薬の本を見つけて、エルは小さく笑った。
村での生活は、きっと国民たちが思っているより悪くないだろう。アルアドニスで過ごした年数よりも村にいるからそう思うだけなのかもしれない。
「ようエル。それ、アリスからか?」
「フレディじいさん。少しだけお酒もあったよ」
「おっ、あいつは本当に気が利くね。べナルドが配給係の時には何にもなかったぜ」
「父さんの悪口はやめてよ」
「カルラの悪口ならいいのか?」
フレディがニヤリと笑っても、エルは少しも笑わなかった。今日は調子が良くて大人しいとはいえ、はっきりと耳は聞こえているし、いつ泣き喚いてもおかしくない。
「……悪かったよ。カルラの具合はどうだ。その本、治療薬も載ってるのか?」
「いくつか載ってるけど、材料が手に入るかな……どうせ追放されてるんだし、いっそ国民の権利を剥奪して、どこか遠くに行かせてくれたらいいのに」
「そいつは無理な話だろうよ。国外で軍事力でもつけられちゃ、国が傾くからな。陛下の判断は間違ってない」
フレディは布や革の山を崩して、一本の瓶を取り出した。国内で製造されている葡萄酒だ。
アルアドニス国は、国法第5条の存在と、その権利を行使しようとする異端がいなければ、いたって平和な国だ。そしてその国を治めるアレキサンドロ国王陛下は、当然国民たちから慕われている。
陛下は、異端の遺族を見捨てたりしない。国民たちはそんな慈悲深い陛下の姿に頭を垂れ、そして涙を流しながら言う。「国王陛下、万歳!」
「陛下は頭の良いお人だろうな。異端の遺族が国内にいたら国民が不安になる。しかし遺族が必ずしも陛下に敵討ちをするとも限らない。だからこうして追放という形で、監視しつつも養ってくれてんだ」
「フレディおじさんは、敵討ちをしたいと思ったことはある?」
「ないない。俺の兄貴がどうして挑んだのかも知らないんだ。両親はショックですぐ死んじまったしな、親不孝な兄貴だ……おい待て、エルまさか」
「安心して。僕も敵討ちに興味はない」
ぱらぱらと本を捲っていた手が一瞬止まった。エルは右下の数字を覚えて、頭の中で何回か呟く。これは戦いに使えそうな魔法薬だった。
「陛下に挑んで帰ってきた者はいないんだ。変な気を起こすなよ」
フレディは葡萄酒の瓶を持って、エルの家をあとにした。
「……変な気だって。父さんは正しかったよね、母さん」
エルは、カルラのベッドに丸椅子を引いて、小さな蝋燭に火を灯した。木椀の中身が少し減っていて嬉しい気持ちになりながら、エルは冷めきった残りを口に運ぶ。
「魔法よりも何よりも、いちばん最初に、教えてほしかったよ……」
カルラはもう何も語らない。時折べナルドの幻を見ながら笑ったり、泣いたり、エルを抱きしめては何度も謝罪を繰り返すのだった。




