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——8年後。
「今年はラベンダーがたくさん咲いたよ、父さん」
小さな石が積まれた歪な墓に、エルはラベンダーの花束を置いて祈った。
平和な国といえば? ——そんなのは「アルアドニス」に決まっている。
誰もが口を揃えてそう言うだろう。事実、アルアドニスは戦争や争いごととは無縁で、起きる犯罪といえば酔っ払いの乱闘騒ぎくらいだった。
そんなアルアドニスには不思議な法律がある。過去に何度かその法律に沿った儀式が開かれ、そしてエルの父親も8年前その儀式に参加した。それ以降、儀式は開かれていない。
アルアドニス国法第5条。夜明けから夜更けまでの間、国王陛下を殺す権利を与える法律。アルアドニス国民であれば誰でも権利がある。勝者は新たな国王となり、敗者は命を落とすのみ。
「……る、エル!」
ぎゅっと握りしめた目を開けた。ラベンダーの香りは風に運ばれて散っていった。代わりにキラキラと小さな星が、墓石の周りを揺らぎ始める。
「アリス? 配給は明日だと思ってた。キラキラ星の魔法、綺麗だね」
「本当は明日よ。でも今日にしてもらったの」
もじもじとうつむいたアリスの手には、短い杖と小さな薔薇が一輪握られている。
「だって……だっておじさん。今日でしょう」
「ありがとう。アリスだけだよ、アルアドニスで父さんを除け者にしないのは」
エルの父親べナルドは、国王に挑み、そして敗北し処刑された。平和が保たれた国で、国王に挑む権利を行使しようとする者は、全て「異端」とみなされた。
異端の血を引く者も、また異端。国王によって管理された「異端の村」に、エルは住んでいる。
「私はずっと反対だわ。その、おじさんがもしも「本当の異端」だったとしても、エルやおばさんは関係ないもの……」
もしも、と強調したものの、アリスは言わなければよかったと後悔したのか、エルを通り過ぎてラベンダーの隣に薔薇を置いた。
「僕はともかく、母さんはどうだろう。陛下を殺しに行く父さんを、止めなかったんだから」
「理由があるはずよ。エル、本当はなにか聞いてるんでしょう?」
「子どもの頃に聞いたのは、人間族の僕でも使えるような簡単なまじないと、魔法薬の知識だけ。もうすっかり気が狂っちゃったんだ」
強い風が、ラベンダーの小さな花弁をさらって、ごろごろと車輪の回る音を運んできた。配給馬車だ。
アリスは渋い顔のまま慌てて振り返って、馬車に向かって走った。途中、泣きそうな顔でエルを振り返ったが、何も言わなかった。
アルアドニスから派遣された配給係が、淡々と小麦や干し肉、それから革や布を配る。それは充分すぎるほどの量で、村人が生活に困ることは今まで一度もなかった。
アリスは配給係と手を繋いで馬車に乗った。
アリスの家族とエルの家族は、子どもの頃はお隣さんだった。異端への配給など誰もやりたがらない仕事を、アリスの家族は快く引き受けてくれた。
「ありがとう、アリス」
それでも異端は異端だ。
国王陛下が、異端の遺族に対してそうするようにと仰せになるからそうしているだけ。従わなければ、アリス一家も異端と見做されてしまうから。




