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巨人都市  作者: ハネクリ0831


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運命の日 次の世界に転生できるなら

1912年7月12日。


次の目的地へ向かう準備のため、広場の片隅で荷物の点検をしていた。馬車の車輪は砂埃にまみれ、革の手綱はすでに手に馴染み始めている。


そのときだった。


広場の中心に人だかりができていた。ざわめきに引かれるように視線を向けると、黒いスーツをきっちりと着込んだ男が、即席の台の上に立っている。


男は声を張り上げていた。


「今、我々は最大の危機にある!」


群衆が静まり返る。男の言葉だけが広場に響く。


「東のアジアの有色人種の国が、白色人種の国に勝ったのだ。本来ならあり得ないことだ!」


ざわ、と空気が揺れる。


「我々は屈しない力を持たねばならない。そのためにはまず、国内にいる有色人種たちを管理し、統制すべきだ!」


最後の一言が落ちた瞬間、広場は拍手に包まれた。熱に浮かされたような、歪んだ熱狂だった。


イーサンはその光景をじっと見つめていたが、やがて視線を外した。


胸の奥に、冷たいものが沈む。


「……気分のいいもんじゃないな」


小さく漏れた言葉は、喧騒に飲まれて消えた。


隣で荷を確認していたリャンが肩をすくめる。


「まあまあ、ああいうのは気にしちゃダメだ」


軽い調子だったが、その声にもどこか硬さがあった。


イーサンは短く息を吐くと、無理に納得するように頷いた。


「そうだな……今は関係ない」


そう言って、荷の結び目を強く締め直す。指先にわずかな力がこもった。


広場の拍手はまだ続いていた。


だが、イーサンはもう振り返らなかった。


「行くぞ」


リャンが馬の手綱を引く。


馬がいななき、馬車がゆっくりと動き出した。


車輪が石畳を鳴らし、広場の喧騒が遠ざかっていく。


やがてその声は、砂漠の風に溶けるように消えた。


そしてイーサン達を乗せた馬車は、次の目的地へ向かって、何もなかったかのように荒野へと走り出していった。


夕暮れはいつの間にか濃くなり、荒野は橙から群青へと溶けていった。二人は小さな窪地を選び、風除けの石を積んで焚き火を起こした。乾いた枝がはぜる音だけが、静けさの中に規則正しく響いている。


イーサンは膝を抱えるように座り込み、膝の上で一冊の本を開いていた。火の揺らぎが紙面に影を落とし、文字が生き物のように揺れて見える。


リャンが横目でそれを覗き込む。


「それって、あれか? 機械関係の本か?」


イーサンは視線を外さず、短く頷いた。


「ああ、そうだ」


またしばらく、焚き火の音だけが二人の間を満たす。風が少し強くなり、火の粉が夜空へ舞い上がった。


やがてイーサンが、ぽつりと口を開いた。


「……ちょっと、愚痴を言ってもいいか?」


リャンはを見つめたまま肩をすくめる。


「ああ、勿論だ」


気軽な口調だったが、その声には友人を気遣う色が混じっていた。


イーサンは少しだけ眉を下げる。


「これからが不安だ。私の銃器の開発は評価されたが、今後はどうなるのだか……」


その言葉とともに、黒いスーツをきっちりと着込んだ男の言葉が脳裏をよぎる。

今も胸の奥に引っ掛かったままだった。


リャンは小さく息を吐いた。


「確かにな。それでも私達の周りには理解者がいる。だから、それでもマシなほうだ」


慰めるような声だった。


イーサンは静かに頷く。


「そうだな」


リャンは夜空を見上げながら苦笑した。


「一体なんでこうなったのかな。黄色人種が勢いがあるからって、あそこまでのことになるのかな?」


イーサンは焚き火へ一本の枝を放り込む。


「お前が持っているライフルだって、あの戦争の影響を受けて開発されたからな。たった二年で三万丁。軍の三割が保有している計算だ」


炎が一瞬大きく燃え上がる。


リャンはライフルへ視線を落とし、自嘲気味に笑った。


「私達は子供の頃からスラムの孤児院生まれだ。まともな食事はない。不衛生な場所で育ち、どこかで必ず銃声が鳴る。死体を見るのもほぼ毎日だった」


少し間を置いて続ける。


「それでも、お前の才能のおかげで私も一気に生活が良くなったよ」


イーサンは照れ隠しのように視線を逸らした。


「何だよ。単純にお前と一緒にいると楽しいからな」


リャンは思わず吹き出した。


「いいこと言うじゃねえか」


焚き火の火がぱちりと弾ける。


しばらく沈黙が続いたあと、イーサンが静かに呟いた。


「もしさ、次の世界に生まれ変わるとしたらできるなら……肌の色で評価されない世界がいいな」


その声は、どこか遠くを見ているようだった。


リャンはすぐに顔をしかめる。


「フラグ立てるんじゃねえよ」


呆れたように言ったが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


そして立ち上がり、大きく伸びをする。


「じゃあ私は眠るよ。見張りよろしくな」


イーサンは軽く手を振った。


「おうよ」


リャンは毛布にくるまり、ほどなくして寝息を立て始める。


イーサンは一人、焚き火の前に残った。揺れる炎を見つめながら、本を閉じる。


夜空には無数の星が瞬いていた。

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