最低限の生活を得るために ポツ、ポツ。
馬具を一通り取り付け終えると、イーサンは満足そうにうなずいた。
「よし、これで出発できる。」
リャンは荷物を確認しながら笑う。
「やっと先へ進めるな。」
二人が馬を連れて歩き出そうとした、その時だった。
イーサンはふと立ち止まり、空を見上げた。
空は一面、灰色の雲に覆われていた。
風もどこか湿り気を帯びている。
イーサンは眉をひそめる。
「嫌な天気だな。」
リャンも空を見上げた。
「確かに。」
イーサンは冗談半分に肩をすくめる。
「このまま雨が降ったり──」
リャンは慌てて遮った。
「そんなフラグみたいな事を言ったら……。」
その瞬間だった。
……ポツ。
葉の上で小さな音が鳴る。
続いて、
……ポツ、ポツ。
次第に音は増えていった。
リャンは青ざめた表情で空を見た。
「まさか……。」
そう、この世界に来て初めて雨が降り始めたのだ。
今は木の葉が天然の屋根となっているため、まだ直接雨は降り込んでこない。
しかし葉の先には大粒の雫が次々と溜まり始めていた。
イーサンは周囲を見回し、すぐに判断する。
「時間の問題だ。馬を木の洞へ避難させよう。」
「急ごう!」
二人は馬のもとへ駆け寄った。
イーサンは用意していた縄を取り出す。
「二か所縛る。一か所だけだと持ち上げた時に傾く。」
「了解。」
二人は息を合わせて縄を締め、肩に力を込める。
「せーの!」
ゆっくりと馬を持ち上げ、一歩ずつ木の洞へ運んでいく。
一頭目を無事に運び終えると、すぐに二頭目も同じように運び込んだ。
「二頭とも無事だ。」
「間に合ったな。」
その直後だった。
葉の先に溜まっていた雨粒が落ちてきた。
ドォンッ!
二人のすぐ横へ落ちた一滴は、今のサイズでは滝のようだった。
続いて何本もの水柱が落ち始める。
ゴォォォォッ!
木の幹を流れる水は激流となり、地面にはあっという間に川ができていく。
リャンは思わず後ずさった。
「これ……完全に災害だ。」
イーサンも苦笑する。
「普通の雨がここまで違うとはな。」
木の洞の入口から外を眺めると、森全体が白い雨の幕に包まれていた。
イーサンはリャンに尋ねる。
「どうする?」
リャンは首を横に振る。
「少なくとも今日は無理だろう。」
「だな。無理に出れば流される。」
二人は馬の様子を確認すると、木の洞の奥へ戻った。
外では激しい雨音だけが響き続けている。
やることがなくなった二人は、以前メモ書きしていた日本語の紙を取り出した。
イーサンは紙を見つめながら、一文字ずつ声に出す。
「『びょういん』、『としょかん』、『おみせ』……。」
リャンも後に続く。
「日本語って難しいな。」
「読めるようになれば、この世界の情報を集めやすくなる。」
二人は何度も発音を繰り返し、メモに書かれた単語を必死に覚えていった。
しばらくすると、リャンが紙を置いて口を開く。
「雨が止んだら、次はどこへ向かう?」
イーサンは地図を開きながら答えた。
「まずは住宅地をもう少し調べたい。それから食料の確保と、日本語の資料を探す。」
「住めそうな場所も見つけたいな。」
「ああ。それと雨の日でも避難できる拠点を増やしておきたい。」
二人は今後の予定を書き出しながら、限られた時間を有効に使っていく。
外では相変わらず豪雨が降り続いていたが、木の洞の中では、日本語の勉強とこれからの旅の計画が静かに進められていた。
しばらくすると、木の洞の中にも冷たい空気が流れ込んできた。
外では激しい雨が降り続き、木の幹を伝う水の音が絶え間なく響いている。
リャンは肩を震わせながら腕をさすった。
「ううっ……寒くなった。」
イーサンも息を吐きながら苦笑する。
「まあ、雨が降っているからな。気温も下がってる。」
「焚き火も無理だしな……。」
リャンはそう呟くと、木の洞の奥に置いてあった木箱をゴソゴソと漁り始めた。
イーサンは不思議そうに見る。
「何を探してる?」
しばらくすると、リャンは満面の笑みを浮かべながら一本の瓶を掲げた。
「やっぱこれだよな。」
それは以前確保していたウォッカの瓶だった。
透明な液体が瓶の中で揺れている。
イーサンの表情も自然と緩む。
リャンは瓶を軽く振りながら尋ねる。
「お前も飲むか?」
イーサンは迷うことなくうなずいた。
「もちろん。」
リャンが蓋を開けると、アルコール独特の香りがほのかに漂う。
二人は瓶を両手で抱えるように持ち、一口ずつゆっくりと口に含んだ。
「……っ。」
喉を焼くような刺激が走る。
しかし、その熱はすぐに胸の奥へ広がり、冷え切った体を内側から温めていく。
イーサンは思わず息を吐いた。
「寒くなったらこれだよな。」
リャンも笑いながらうなずく。
「そうだな。」
もう一口飲むと、張り詰めていた肩の力が少しずつ抜けていく。
外では豪雨が降り続いているが、二人の頬にはほんのりと赤みが差していた。
少し酔いが回ると同時に、冷え切っていた体もすっかり温まっていた。
リャンは瓶を眺めながらしみじみと言う。
「ウォッカはいいよな。体は温まるし、消毒にも使える。」
イーサンも笑って答えた。
「本当に便利だ。」
ふと思い出したようにイーサンが口を開く。
「アウラさんも言っていた。『ウォッカはなんでも使える万能薬だ』って。」
リャンは深くうなずく。
「深く同意する。」
イーサンは苦笑しながら付け加えた。
「一本あるだけで安心感が違う。」
「まさに旅の相棒だな。」
二人は小さく笑い合いながら、再び瓶を回して少しだけ口をつけた。
外では雨が激しく降り続けていたが、木の洞の中だけは、ウォッカのおかげで少しだけ温かな空気に包まれていた。




