5話
御神体……。おじいちゃんが苦しみ続けた場所。
あの黒い塊を抑えるための儀式。
なら、この神社が祀っているのは……あの塊?
背筋が凍る。
もしそうなら、あそこに近づくのはまずい。
『御神体には近づくんじゃない。戻れなくなる』
おばあちゃんの言葉が脳裏を過った。
御神体には近づきたくない。
私は御神体から視線を外し、そのさらに奥へ足を向けた。
古い細道に従って私は奥へ進む。最初こそ沢山あった木々は少なくなっていく。やがて道は消え、小さな広場に出る。
「何……ここ。」
静かすぎる。動物や虫の鳴き声も全く聞こえない……。原因は、あれ?
私は広場の奥に見える小さな祭壇を見た。
神社とは正反対に全く整備されていない祭壇。ボロボロだが、蜘蛛の巣一つ張っていない。
ここ……気分悪い。ここに何があるって言うの?
周囲を見渡しても何も見当たらない。
この祭壇、扉が付いてる。開けてもいいの?
気分は乗らない。出来ることなら祭壇には近づきたくない。しかし、その感情も押し殺す。
戻るためならただ気分が悪いくらいなんてことない。私は小さな扉に手をかけた。
勢いよく扉を開く。
そこには小さな鏡が置かれていた。
鏡? 私はそれを手に取る。それは中心に大きなヒビが入っていた。
鏡は私を映した。
2種類の私、片方はおじさんの、もう片方は本当の私を鏡は映した。
「私……。この鏡、なに?」
思わずそれをポケットに入れる。
見たくない。嫌悪が全身に巡る。
気持ち悪い……。最悪。
祭壇に背を向ける。その光景に私は息を呑んだ。
来た道の近くには定まっていない人の影のような形が成っていた。
顔はなく、ただ黒いそれと、ないはずの目が合う。
全身に悪寒が走り足が震える。
何……あれ。
まさか、神? 私を殺しに来たの?
いや、足が動かない。
でも……
「何しに来たの? 私を殺すつもり?」
負けちゃだめ。立ち向かわなくちゃ!
瞬間――それの顔が歪む。
白く染まった何かが口のようになり裂けていく。
心臓が締めつけられるような感覚に陥る。足の震えが止まる。ただ固まることしか出来なかった。
突風が広場を襲う。木は大きく揺れ影が動く。
それは形が崩れていく。
思考すらも止まっていた。それが消えた瞬間、体がまた活動を始める。
私は地に膝をつけた。
はぁ……はぁ。
あり得ない……。私、今からあんなのと戦いに行くの?
無理……
だめよ。私、ここまで来て諦めるなんて。
でも、やっぱり怖いよ。
『怖いか。』
脳に直接響く声。低い男の人の声だった。
「誰、何処にいるの?」
『我に名はない。それも当然。あれは人が抗えるものではない。元の姿に戻りたいのだろう。力を欲しろ。』
直後、地面が揺れる。
「な、何?!」
『おのれ、邪魔をしようて……。』
広場に一瞬にして影が広がる。太陽の真下で地面は漆黒に包まれる。
次の瞬間――それは私を広場ごと覆い尽くし、太陽を閉ざした。
真っ黒な空間で私は立ち尽くしていた。
何処……ここ。
真っ黒な世界にいると認識した瞬間、薄暗い光が私を照らした。
光の方へ視線を向ける。そこには黒く悍ましい集合体が球体を作り光を放っていた。
……おじいちゃんの追体験で見た物と同じ。でも、違う。あのときはまだ肉塊のような物でしかなかった。
今は、沢山の顔が浮き出ていた。
涙を流す顔。
怒りに歪む顔。
苦しみに叫ぶ顔。
その中に――
「……おじいちゃん」
優しく笑う、おじいちゃんの顔があった。
理解なんてしたくなかった。でも、分かってしまう。おじいちゃんの気持ち。
「ズルいね。」
責任は全部押し付けて……。
でも、そんな顔されたら、もう何も言えない。
私は一度大きく深呼吸をした。
一歩前へ足を出す。
「私は逃げないよ。」
黒い憎悪の球体は、応えるように脈打った。




