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6話

「あなたは何? その人達をどうするの?」

 一歩また一歩と前へ出る。その度、憎悪の塊が揺れる。

 ドクンッドクンッと心臓のように。

「なにも、言えないの?」

 手を伸ばせばそれに触れられる、そんな位置まで近づく。私は手を伸ばす。

『それに触れるな!』

 突然響く声に思わず頭を抱える。

「いたの? いるなら出てきて。」

『ふむ。出てくる……か。難しいな。これでいいか?』

 すると、上空から轟音が鳴る。直後、憎悪の塊の上に大きな何かが落ちる。

『びっくりさせてしまったかな?』

 それは、手?

 その手は塊の上で止まっていた。

『我はこれに触れられんのだ。それに触れてはいけない。元に戻れなくなる。』

『力を欲しろ。さすればそれを破壊する力を寄こそうじゃないか。』

「私はどちらが正しいかなんて分からない。あなたを完全に信じるなんて出来ない。」

『何を……。それは喋れないのだぞ。それがお前に何か伝えようと? そう言っているのか?』

「ええ。そうでしょ。あなたが本当に敵なのなら、鳥居をくぐったとき私を殺していた。奥の広場のときも、あなたはずっと何かを伝えようとしてる。そうじゃない?」

『何を言ってるんだ。お前は。』

「確かにあなたは怖い。でも、だからと言って否定する理由になんてならない。教えて。」

 すると、憎悪の塊は黒い霧を出す。

『やめろ!』

 巨体は手を振り払い突風を起こす。霧は消える。

「やっぱり、やましいことがあるのね。」

「あなた、おじいちゃんが見た記録の中に描いてあった角を持った異形よね。」

 あの絵を見たとき、私は異形が悪者に見えた。

 ただそれは『見えた』だけ。

「教えて、あなたの意見が聞きたい。」

 再び応えるように脈を打つ塊。

 羽を広げる鳥のようにそれは大きく広がる。それは私を包み込んだ。

『やめっ……。』

 脳に伝わる言葉が途切れた。


 燃えていた。山の中、一つの村が炎に包まれる。

 そこには一際目立つ巨影が映る。子供のように無邪気に地団駄を踏み、村をめちゃくちゃにする。

 大きな角を生やした巨人。それは家を持ち上げて遊んでいた。

 人は踏まれ、燃え、死んだ。

 神主がいた。手には小さな鏡があり、巨人を封じた。

 巨人は神と呼ばれていた。その村が神社で祀る神。しかし、それを境に人は邪神と呼ぶようになり恐れた。

 村人の半分以上が死んだ。彼らは怒り、呪いあった。人を呪う者、邪神を呪う者。争い、また死んだ。

 積み重なった憎悪は、新たな厄災となっていた。

 神主は考えた。

 どうすれば2つの災害を止め続けられるのだろうか。

 辿り着く。

 鏡へ新たな厄災を封じた。邪神を封じた鏡の中で、二つの厄災は互いを喰らい合った。

 村は静かになった。

 しかし、それは限界を迎える。

 長い年月と共に人々の憎悪を糧に蓄積された災害が、片方の災害に勝る。

 人々は理解した。

 怒りを鎮めろ。

 憎しみを抱くな。

 笑え、歌え、踊れ。

 これが儀式の始まりの時だった。


 突然、景色が乱れる。空は裂け、大きな手が伸びる。記録の映像が崩れた。

 真っ黒な空間に引き戻された。

『何を見た。お前は何を見たと聞いている!』

 浴びせられる咆哮のような声。腕ごと押さえられ耳も塞げない。

「邪神。あなたのことよね? さっきまでの反応をするに、あれは真実?」

『……そうか。見てきたんだな。過去を。』

『そうだ。我が人の言う邪神だ。』

「何故?」

『あぁ?』

「なんであんなことをしたの?」

 邪神はその大きな目で私を見た。眉が動く。

『人の分際で調子に乗るなよ。』

「理由は聞きたいから。」

『理由が正当なら許されるのか? そんなわけねぇよな。第一お前に許す、許されるなんてどうでもいい。』

「えぇ。あなたは許されない。でも、理由はあるんじゃない?」

 私は邪神の目を見る。邪神の手に力が入る。

 ぐっ……。

 臓器が潰れるような感覚に陥る。それでも私は目を見続けた。

『……ムカついてたんだ。あのとき、ただ集落が目についた。それだけのことだ。』

「怒ってた理由を聞いてもいい?」

 邪神は何か言いたげに顔をしかめた。

『追い出されたんだ、地上に。八つ当たりだ、満足か。』

「くだらない。」

 邪神の目が僅かに細まる。

「被害者ヅラしないで! そんなことを平気で出来るから居場所を失ったんじゃない?」

『あぁ?』

『立場がわかってねぇようだな!』

 邪神が私を握る手に力を込めた。

 更に臓器が締めつけられる感覚が鉄の味を誘う。

 骨が軋んだ音がした。視界が微かに歪んだその時だった。

 黒い手のような形をした霧がそれを抑えた。

 それは邪神の手をこじ開ける。

『お前……やはり我より強く……。』

 落ちる私、抵抗すらする気力が湧かない。

 一つの黒い手が私を迎える。

 突如、耳鳴りが頭に響く。抑えたくなるような音、動かない腕。視線を向ける。

 腕が潰れていた。

 う、嘘……。私死ぬの?

 不思議と痛みはない。黒い帯のようなものが怪我した部分も覆った。

『まッテイろ、おレがやル。』

 脳内に浮かぶ言葉、音ではなく思いついたように思考に割り込んだ。

 黒い塊は姿を変える。帯や手のように様々な形に変わり、邪神に向かう。

 手で殴り、霧で避け、帯で巻き付き動きを遅らせていた。

 優位に立っていると思っていた。

『やはり、そうか。』

 邪神の口角は上がっていた。

『単純な力では勝っていても倒す術がない。』

『……まだ間に合う。』

 邪神の大きな目がギロリと私に向いた。手が伸びる。

 また来る!

 しかし、黒い霧が先に周りで形を成し、弾く。

『おのれ。どこまでも。』

 邪神と憎悪の攻防が始まる。

 私はただ見ていることしか出来なかった。

 なんで……なにもできないの?

 あまりの悔しさに拳を握ろうとするが動かすことは出来なかった。

 いや……。何もできないなんてそんなの知らない。

 諦めるわけないでしょうが!

 探せ。あるはず、何か出来ることが。

 憎悪……あれは味方? なら、こっちも寄り添わないと……あいつは倒せない。

「ぞ、憎悪……さん。」

 臓器が潰れ、声が出しづらい。でも、それを言い訳に逃げたくない。

 見てきたから分かる。確かにあなたは怖い。

 でも、失いたくなかった想いが積み重なったのがあなたなんだよね。

 ……そう思うと全然怖くない。

 憎悪さんは今だって私の怪我を保護してくれてる。

 ずっと助けてくれたんだよね?

 今度は助ける番

 ……策はある。やり遂げてみせるから。

 ――鏡。かつて神主が2つの厄災を封じたその鏡。

 ポケットに入れたのときっと同じ物。割れているけどまだ使えるはず。

 邪神は憎悪さんの方が強いと言った……ならもう一度鏡の中で戦わせればきっと勝てる。

「憎悪さん……力を貸して。」

 腕に巻き付いた帯が応えるようにきつく腕に巻き付く。

 私は腕をゆっくりと動かした。

 痛い……。

 腕、そして腹に巻き付いた帯は私を補強した。

 ぐぅ……。

 動かせる。

 私はポケットから鏡を取り出す。

 この空間は鏡の中だと思ってた。

 ずっと前から封印は解かれてたんだね。ありがとう憎悪さん、ずっと邪神を抑えてくれて。

 なんで邪神がもう一度外に出る必要があったのか……。

 負けるからでしょ。

 私は邪神に鏡を伸ばす。

『それは……あの鏡! お前、何故持っている!!』

 邪神は無理に私に手を伸ばす。

 しかし、動きが止まった。

 邪神の体に無数に巻き付く黒い帯が、動きを固定する。

「絶対帰ってきてよね。憎悪さん。」

『ふざけるなぁ!!』

 瞬間、鏡が邪神と憎悪さん、そして真っ黒な空間を吸い込んだ。

 草が生い茂った小さな祭壇のある広場の真ん中で私は倒れた。

 憎悪さんの助けがないと立つことも出来ない。

 そばに落ちた鏡を覗き込む。

 そこには自分であり、おじさんの姿が映し出された。

 どうなったの?

 鏡の中に一瞬、黒い影が映る。それは邪神の影を飲み込む瞬間だった。

 直後、鏡が弾けた。

 同時に全身の痛みが一瞬にしてなくなる。

 何?! 何が起こったの?

 無意識に腕が鏡に伸びる。

 動かせる。鏡の欠片を一つ拾い上げると、そこに映るのは私の顔だった。

 おじさんの影形はない。私、朱里の姿に戻っていた。

 邪神が言っていた、あの姿になったのは憎悪さんのせいという発言が脳裏を掠めた。

 呪いが……解けた?

 なんで、こんなはずじゃなかった。

「帰ってきてよ。」

 私は鏡の破片を軽く握り締めた。


 True End

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