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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第一章 旅立ち
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第7話「旅立ち」

遂にプロローグを乗り越えた。

 目覚めてから一ヶ月後の今日、オレは今、最低限の旅装で大聖堂の前に立っている。

 相変わらず壮観だ。


 あの日、オレはフォルテに頼んで、一年ほど旅に出るつもりだと母さんに伝えてもらった。

 一年というのはあくまで目安で、前後するかもしれないが、手紙でのやり取りをすれば、不要な心配をかけることにはならないだろう。


 そして、この一ヶ月間にオレは授業に出たり、ポピュラーな魔獣の生態や倒し方について調べたりと、旅立ちの準備を進めていた。

 

 結局、オレが旅立つ日まで母さんには会えなかった。

 聖女は忙しいものだ。

 仕方のない事だと己に言い聞かせるが、それでも少し寂しさは残った。

 昨夜、彼女は自分の身に付けていた首飾りを、シスターにオレの元まで届けさせた。

 旅が終わるまで、オレがこの首飾りを外すことはないだろう。


 首飾りの先には、明るい緑色の宝石がついている。

 これも多分、魔法石なのだろう。

 まだ柔らかな朝の日差しにそれをかざすと、キラキラと光って笑っているようだった。

 母さんも、頑張れと言っているに違いない。


 もっとも、今のオレは髪を短く切り、色も黒く染めている。

 何故なら、ルシータの啓示がオレを狙っている可能性がある、という話を聞いたからだ。

 あの時、魔物がオレだけを執拗に追いかけたこと、調査隊の報告が実際の状況とは違ったこと、それから、拠点に残っていた手記に、教皇について探ったような内容を見つけたことから推測された。


 それが本当なら、とんでもないことだと思う。

 少なくとも、今のオレに彼らと殺り合う力は無い。

 だからこそ、地道に強化を重ねて、身を守れるようにはならないといけない。


 それから、父さんにも修行に行くと報告をした。

 墓石は立派なものだが、下に彼の身体がないことは知っている。

 でも、魂はそこに残っているかもしれない。

 オレは、墓の横から一掴みの砂利を掴んで小瓶に入れた。

 身勝手かもしれないけど、父さんには近くで見ていてほしい。

 そう思った。


 さて、もう行かなければ。

 感傷に浸っている場合ではない。

 オレは自身の両の頬を勢いよく叩いて気合いを入れた。


「次、ここに戻って来んのはいつになるかな」


 オレは教会に背を向け、歩き出す。

 中央大聖堂から正門までは、長い石畳の通路で真っ直ぐ伸びている。

 両脇には古い鐘楼や尖塔がそびえ、もっと奥には騎士の詰所や聖職者の住居も見える。

 行ったことのない場所もまだあったが、前へと進む度に小さい頃の記憶が思い出される。


 昔はこっそり鐘塔に登って、意味もなく鐘を鳴らしていたな。

 礼拝の時間でもなかったから、火事でも起きたのかと思われて、たくさんの人を混乱させてしまった。

 あの時は両親に散々怒られたが、教皇は笑って許してくれて。

 今思えばそれもいい思い出だ。


 オレは朝から働く守衛や庭師、修道士たちの様子をのんびりと眺めながら、正門に向かう。

 石畳から鳴るコツコツとした軽い音は、まるでオレの今の心情のようだ。


 正門が見えてくると、誰かがこちらに向かって手を振っているのに気がついた。


「おーい!クレシアーン!」


 え、あれ、アルマじゃないか?

 あんなに大きく手を振る奴、初めて見た。


 なるほど、フォルテの言っていた考えってアルマの事だったのか。

 オレも小さく手を振り返して、彼女に駆け寄る。


「クレシアン!あっ、その髪!」


 彼女はオレの姿を見ると、興奮したように周りを飛び跳ねた。

 上から下まで、服装から髪型まで、隅々まで見られて少し恥ずかしい。


「いいね、いいね!髪切ったの?それに染めてる!うん、似合ってるよ!服装もいかにも冒険者って感じでワクワクするねぇ!」

「ま、まあ、似合ってるならいいけど」


 なんと言うか、すごい熱量だ。

 ついていけない。

 これ程真っ直ぐ褒めてくれる人はオレの周りにはいなかったから、かなりこそばゆい。


「アルマも、その格好、いかにも魔法使いって感じで似合ってると思う」

「ほんと?この服、自分でも気に入ってるの!」


 良かった、上手く褒められたようだ。

 わざわざ魔女みたいな服装をしているんだ、ファッションにこだわりがあるのは、間違いないみたいだ。


「おい、いつまでここでダラダラしているつもりだ。今日はやる事が山積みなんだから、そろそろ出発すべきじゃないか?」

「ア、アメリス?!お、お前もいたのか…」

「いちゃ悪いか?」

「あ、いや」


 門の外に立っていた彼は、外壁で隠れてオレからは見えなかった。

 突然かけられた厳しめの声に、オレは一瞬肝が冷える思いをした。


 どうやら彼も一緒に来てくれるようだ。

 当たり前のように出発を急かしてくる。

 まるで口うるさい母さんのようだ。


 とは言えこの様子、一応許されたと見て良いのだろうか。

 彼のような正義感の強い人からすれば、逃げ出したオレなど裏切り者と思っていても不思議ではない。


 アルマもアメリスも、まだ一度もあの日のことについて触れていなかった。


「でも、騎士団は?」

「…それは、あの魔物に全く歯が立たなかったから……。修行すると聞いていい機会だと思ったんだ。あのまま団にいたところで、警備隊に回されそうだし」


 アメリスはそれだけ言うと、またフンッと背を背けてしまった。

 今回は腕まで組んでいる。


 そうか、彼にも思うところがあったんだ。

 下手したら全滅の可能性もあったあの状況、決定打も与えられず、足止めをするのが限界だった。

 オレの魔法が使い物になっていたところで、あの魔物を倒すのは難しかったかもしれない。

 極限の状態にいたのはオレだけじゃない、彼らもまた恐怖していたのだろう。


 強くなりたいのは、みんな一緒なのだ。

 アメリスも、アルマも、オレも。


 確かに、オレには助けてくれるような幼馴染はいなかった。

 でも、今までの事を考えたって時は戻らない。

 オレが無駄にしてきた時間が戻ってくることは無いのだ。

 だから、これからだ。


 これでも一応、共に命を懸けに行ったメンバーだ。

 悪くないメンバーだと思う。


 一緒に飯を食って、依頼を受けて、魔法や剣術の練習をする。

 そして、いつかはあいつらにも背中を預けてもらえるようになろう。


「ねぇクレシアン、あの人って知り合い?多分あたしたちに手を振ってるんだと思うんだけど」


 アルマが不思議そうにオレの後ろを見て言った。

 オレの知り合いなんて、この教会でオレに手を振るような奴はフォルテくらいしか思いつかないけど。


 オレは振り返ってその人物を確認した。


「あ、ティエラだ」


 ここまで来るなんてオレに話があるのだろうか。

 それとも見送りに?

 前も母さんの執務室にいたし、オレが今日出発することも彼女から聞いたのだろう。


「別れなら事前に済ませるべきだっただろう。今日はやることが山積みだって、さっきも言ったばかりなんだけど」

「わ、わりぃ。オレに用があるみたいだからそれだけ聞いてくる」


 おっと、早速アメリスにどやされてしまった。


 オレは今もなおゆったりと歩いてくるティエラに駆け寄り、彼女に用件を訊いた。

 すると、なんと彼女はオレたちに着いてくるつもりだと言った。

 正直驚いた。

 シスターとして教会に住み込む予定とばかり思っていたから、戦うつもり満々でくるとは思わなかった。

 動きやすいようにするためか、短パンで腰には剣を携えている。


 魔法じゃなくて、剣。

 バリバリ全線に出るつもりだ、この人。

 まだシスターの思い込みが抜けていないから、勝手ながら回復役でもしてくれるのかと思っていた。


 理由を聞いてみると、ただ「斬りたい」との事だ。

 怖い、魔物とは違った怖さだ。

 そう、何を考えているのかわからない怖さがある。

 彼女の思考は、オレには到底理解できなかった。


 とりあえず、彼女をアメリスとアルマの所へ連れていく。

 そろそろ行かなければ、アメリスのイライラが爆発してしまいそうだ。


 だがオレの心配をよそに、意外にも二人はティエラを歓迎した。

 もちろん、アルマは誰に対しても明るく迎え入れそうだが、アメリスが二つ返事で了承するとは思わなかった。

 人数は多いほどいいということだろうか。

 それとも、誰であれオレよりはマシだと思ったのだろうか。


 いずれにせよ、オレたちは四人で旅に出ることになった。

 剣士が多分二人、魔法士が多分二人だ。

 魔法に関してはオレの能力が微妙なのと、ティエラの剣がどれほどのものか知らないので、どちらも多分二人、だ。


「いざ、しゅっぱーつ!」


 アルマの元気な声に、オレたちは聖都へ向かう道を歩き出す。

 いつも街へ行く時は抜け出していたから、堂々と大通りを歩くのは新鮮だ。

 アルマはやっぱり同じ女の子の仲間が増えて嬉しいのか、道中ティエラに引っ付いていてあれこれ喋っていた。

 たまにオレやアメリスも巻き込んでくる。


 アメリスはと言うと、アルマがティエラを引っ張って寄り道をしようとする度、引き戻していた。

 彼はこれからも苦労することだろう。


 オレたちの今日の予定は、冒険者ギルドに加入して、パーティ登録をすることだ。

 アメリスが言うほど、やることが山積みになっているとは思えないが、彼は依頼を受ける所まで、いや、その後の日課の鍛錬まで組み込んで考えているらしい。

 あまりにも真面目な奴だ。

 というか、一日にそんなに働くことは人間に可能なのだろうか。


 いや、すぐ怠けようとするのはオレの悪い癖だ。

 結果的に全部出来なくったって、その心意気で臨むのが大事なんだよな。

 オレがまたダラダラしだしたら、アメリスに叩き起こしてもらおう。


 それにしてもいい天気だ。

 怖さは消えない。

 だが仲間と共に歩き出せるのなら、きっとオレにも戦えると思える。

 朝日に照らされる道を見つめ、オレは大きく息を吸い込んだ。


 --旅立ちだ。

展開はゆっくりですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

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