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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第一章 旅立ち
6/22

第5話「出発前夜」

自分はイビキかくらしいんですよ。

寝てるので気づけませんし、録音でもしてくれたら助かるんですけどね。

 もう前日の夜だと言うのに、オレはアメリスと上手くやれる気がしなかった。


 あの後、もう授業は無かったが、オレは何度かアルマと一緒に魔法の練習をした。

 二人とも、初級魔法をひたすらに打ち込むだけだったが、有意義な時間ではあったと思う。

 何より、アルマとは少し仲良くなれたんじゃないかと思う。


 それに、フォルテとは旧知の仲だし、オレはあいつに遠慮することもあまりない。


 だから、残るはアメリスとの関係になる。


「いつまで磨いてるつもりなんだよ」

「君には関係ないだろう」


 オレたちは今、泉の森の近くにある町に泊まっている。

 例の、目標地点の近くだ。

 オレとアメリスで一部屋、アルマで一部屋。

 フォルテは別の任務のため、明日の朝に来るらしい。


 なんたって几帳面騎士と一緒に寝なくちゃいけないんだ。

 三部屋取ったって別によかっただろう。

 まだ空いてるらしいし。


 オレは自分のベッドに寝転びながら、頭の中でボヤいた。

 ここにフォルテがいたら、取り持ってくれたのに!


 --コンコン


「アルマだけど、もう寝た?」

「まだ、入りなよ」


 助かった。

 気まずくてどうにかなりそうだったんだ。


 オレはベッドから飛び降りると、バタバタと扉を開けに行く。


「お邪魔しまーす。いやぁ、流石にまだ眠れなくて」


 確かに寝るには少し早い時間だ。

 彼女も一人で暇していたのだろう。


 彼女にベッドを勧めると、遠慮もせずに飛び乗った。


「何だかお泊まり会みたい」


 おいおい、遊びに来た訳じゃないんだから。

 オレは彼女の楽しそうな様子に苦笑いをこぼす。


 全く緊張してないみたいだ。

 そう言うオレも、彼女やフォルテを見ていたせいか、結構落ち着いていると思う。


 そんな中、アメリスは無言で装備の点検を続けている。


「君たち、そんなんで明日ちゃんとやれるのか?」


 アメリスはオレとアルマを一瞥すると、また直ぐに視線を戻してしまう。

 その瞳は、オレたちを心配していると言うより、ただ淡々と観察しているようだった。


 オレとアルマは顔を見合わせた。

 多分、オレたちが呑気にしていて気に食わないのだろう。

 ちゃんとやれるのか、と訊いておきながら、彼の口調は答えを求めているようには思えなかった。


「アメリス、怖がらなくても大丈夫だよ。何かあったら守ってあげるから」


 えっへん、と胸を張ってアルマは言う。

 オレはそれを聞いて、思わず吹き出しそうになってしまった。

 いけない、アルマは真面目なんだ。


「君が?初日から迷子になるような人に、助けてもらうことなんてないと思うけどね」

「じゃあ助け合いだね!」


 まだ言うのか。

 アメリスの呆れた感じが伝わってくるようだ。


 彼はむしろ、オレたちが何かやらかしそうで怖いんだろう。

 緊張感もなければ真面目にも見えないから。


 それをアルマはわかっていないのだ。

 アメリスをただの怖がりだと思って心配したのだろう。


 とは言え、確かに小さな任務にしては慎重過ぎる気もする。

 彼はかれこれ三回も装備の点検をやり直していたのだ。

 最初は普通だと思った。

 剣や装備を磨き、欠けたり損傷していないか確認する。

 この程度、オレだってやったさ。

 とっくに終わらせて、ベッドに寝転がっている。


 でも、アメリスは作業を終わらせて片付けたかと思うと、また直ぐに取り出すのだ。

 それを、もう三度も繰り返している。


「なあ、点検なら何度もしただろ。問題無さそうに見えるけど」

「……」


 ああ、そう。


 オレの事はもう無視するって決めたんだな。

 いいさ、オレだってお前のことなんか気に入らない。

 心配だってもうしてやらねぇよ。


「...失敗、出来ないんだ。絶対」


 彼は小さく呟いた。


 なんだよ。

 真剣なだけ、ではなさそうだ。

 何か、その裏に覚悟を感じる気がした。


 オレからすれば、母さんが初っ端から激ムズの任務を課してくるのは有り得ないと思う。

 だから、何となく余裕もあった。


 でも、アメリスにとっては違うのだろう。

 恐らく、任務の難しさは彼にとっては重要では無い。


 達成する事が何より大事なんだ。

 もちろん、何故かはわからない。

 彼が教えてくれるとも思えなかった。


「アメリス!」

「うわ!ア、アルマっ?」

「もう、何回もやったでしょ。あれこれ考えるのは止めて、ただみんなで頑張ろうよ、ね?」


 アルマは、突然ベッドから飛び降りると、アメリスの顔に自分の顔をグイッと近づけてそう言った。


 アメリスは驚かせられたことに怒ったのか、顔を赤くする。

 それとも、アルマの顔が近くて照れているのだろうか。

 どちらにせよ、アメリスが混乱しているのを見るのは、こちらとしても楽しい。

 あの澄まし顔を崩せるのはスカッとする。


「おい、急に近付くのは危ないだろう。剣を持っていたらどうする」

「あたし、ちゃんと見てたから大丈夫だもん!」


 アメリスは大きなため息をついた。

 その様子にアルマは首を傾げる。


 いつまで見つめ合っているつもりだろうか。


「わかった、今日はもうやめにする。悪気がないのも、まあ、知ってるから。気にかけてくれてありがとう」


 急にどんな心境の変化だ、と思ったけれど、アルマの慈愛に満ちた笑みを見て気がついた。

 アルマはずっとアメリスをリラックスさせたかったんだ。


 笑い事なんかじゃ、なかったよな。

 気まずい。

 笑おうとしたの、バレてないといいけど。


「クレシアンも、すまない。この前は言い方が悪かったと思う。初任務で、絶対に成功させたかったんだ。騎士を続けるためにも、大事な事だから……」


 アメリスは俯いて、小さくそう言った。

 

 オレも、会ったばかりで仲間気取りは気持ち悪い、とか思ってごめん。

 ストレスが大きかったんだよな。

 オレたち、案外似たもの同士かもしれない。


「まあ、気にすんなよ。みんな初任務だ」

「ありがとう」

「え、何の話?」

「アルマには関係ねぇよ」


 なんで、知りたい、とアルマが騒ぎ立てる。

 こういうのは男同士の秘密なんだ、と応戦する。


 何故か取っ組み合いになったオレたちを見て、アメリスも笑っていた。


 楽しい時間だ。

 なんで上手くやれないなんて思ったんだろう。

 みんな良い奴だ。


 次の任務も一緒に行けたらいいな、と思う。





「なんで泉の森って言うんだろう」

「ただの名前だろう」

「泉なんてないらしいよ」

「昔はあったんじゃねぇか?」


 オレたちは、明日行くことになる森について話していた。

 『泉の森』と名付けられたこの森は、地図上で見れば、ヴァルディア南部に位置する。

 魔獣が多く生息し、冒険者ギルドでも依頼が絶えないらしい。


 そんな泉の森だが、大森林とも呼べる広さのそこには川もなければ、泉もないと聞く。

 そもそも、水源がないらしい。


 その事に、アルマは疑問を持ったようだった。


「ないからこその名前という可能性もある。名前というものには、願いが込められることもあるからな」

「確かに!じゃあたくさん雨が降るといいね」

「雨はよく降るはずだ。奥には山があるし、そうでなければ、森がこれ程大きく成長することもないと思う」


 アメリスは賢くて、博識な奴だった。


 オレもそれなりに本は読んできた。

 地理書、歴史書、魔導書、剣術書、それから小説。

 何でもだ。

 だから知識だってあると思う。


 でも、それを一瞬で思い出して、現実の何かに当てはめる、というのは難しい。

 いつも使うようなものなら、思い出せるかもしれないが。


 それを、彼は鼻にかけるでもなく、涼しい顔でやるもんだから、すごい。


「結局、今まで何の動きもなかったんだろ?普通に暮らしてるだけなんじゃねぇのか?」

「だが、あんな森の深くだ。何か企んでるに違いない」

「出たり入ったりするだけで、魔獣の姿も見当たらねぇらしいじゃん。なんも無さ過ぎて不気味だな」


 本当に何も無ければいい。

 それに尽きる。


 オレのお膳立ての為とは知っているが、母さんも何度も調査隊を送って動向を探ってくれた。

 オレに準備する時間もくれた。


 もし大きな動きがあったなら、オレなんか待たず、先に何とかしていただろう。

 だから、これは安全な任務のはずなんだ。


 調査隊の報告は他のメンバーにも共有されているし、フォルテも今までに動きの小さな拠点を多く見てきたらしい。


 大きな組織だとは知っているけど、テロばっかりやってる訳でもないんだな。

 末端の信者はそれなりに苦しい生活を送っているのだろうか。


「あれ、アルマ?」

「どうやら寝てしまったみたいだ」


 そう言えば話に入ってこない、そう思って彼女の方を見やると、既にオレのベッドで寝息を立てていたようだ。

 起こすのも可哀想だが、どうしたら…。


「僕のベッドで寝ればいい。二人で並ぶほどの広さはある」


 それは、そうかもしれないけど!

 男と寝るのはなんか違う。

 むさ苦しい。


 それに人と寝るなんて、赤ン坊の頃以来だ。

 自分の寝相なんて知らないし、アメリスを蹴飛ばしてしまうかもしれない。


「いびきをかくかも」

「同じ部屋の時点で逃げ場がない」


 確かに。

 なら、仕方がない。


 彼を蹴飛ばしてしまわないように気をつけて寝よう。


「じゃあ、邪魔する…」

「ああ」


 そうして、その夜オレはぐっすりと眠った。


 だが朝、目が覚めると隣にアメリスはいなかった。

 焦る。

 もしかして、本当にオレが蹴飛ばして…?


 慌てて身体を起こして周囲を確認する。

 ほ、本当に床に。


「アメリス!」

「うーん、なんだ…もう朝か」


 アメリスはまだ寝ぼけているようだ。

 良く眠れなかったに違いない。

 オレが蹴落としたから。


 だがよく見ると、床には丁寧に布団が敷いてあった。

 それに、普通は衝撃で目が覚めるはずだ。


 オレも寝ぼけてるのか?

 いいや、違う。


 つまり、アメリスはオレが眠ったのを見計らって床に移動したのだ、と思う。

 オレが気にしないようにってことだろう。


 い、良い奴過ぎる。


「どうしたんだ?口に手なんか当てて」

「ああいや!良く眠れたかなって」

「まあ、それなりには。君も良く眠れたみたいで良かったよ」


 なんて良い奴なんだろうか。

 いけ好かない、なんてオレの勝手な先入観に過ぎなかったんだ。

 ちょっと厳しいだけで、後はその顔と性格。

 逆にずるく思えてきた。

 せめてオレもあんな爽やかな蒼髪と端正な顔だったら、自分に自信も持てたかもしれない。


 その後、オレたちはそれぞれ出かける準備を始めた。

 オレが長い髪を結っていると、アルマが目を覚ます。


 それはもう、謝られた。

 オレも、アメリスも。

 アメリスが床で寝たことを知ったら、叫び出してしまいそうな勢いだ。


 彼女は、バタバタと部屋を走って出ていった。

 転ばないといいけど。


 彼女が身支度を整えて戻ってくると、次はアメリスの説教が始まった。

 女性だからとか、危機感を持てとか、自律能力が足りないとか。


 全く、その通りだと思う。


 その後オレたちは宿の食堂で朝食を取った。

 その宿は、冒険者や仕事で泊まった人に、割安で食事を提供しているとの事だった。

 ありがたいことだ。

 パンにタマゴサラダ、とても美味かった。

 アメリスはスラッと見た目に似合わず、健啖家なようで、何度もおかわりしていた。

 ものすごい速さで平らげては、二皿三皿と食べ進めていくから、見ていて清々しい。

 もちろん、消耗が激しいからという理由もあるだろうが。


 朝食の後、オレたちは宿を後にし、森の前でフォルテと待ち合わせた。

 フォルテは任務明けとは思えないくらい元気で、オレたちを先導してくれた。

 そうして、ついに森に入る。


 さあ、後は任務を片付けるだけだ。


 早く終わったら、母さんに会いに行こう。

 一言でもいいから、祝ってもらいたい。

 そう思いながら、出発した。


 でも、その時はまだ知る由もなかったんだ。


 魔獣に追いかけられることになるのも、

 初めて雷以外の魔法を使うことも、

 それでも大きな口に飲み込まれていくことも、

 何もかも、オレは知らなかったのだ。

次、クレシアン目覚めます。

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