最期の会話
「………ねえ、これでいいの?」
気付くと、目の前に子供の姿の自分がいた。
いつも不気味なくらい笑っている彼は今、とても弱った顔をしていた。
ずっと化け物だと思っていたのに、今目の前にいるのは、ちゃんとした感情のあるただ無力な人間だ。
(なんか、不思議な気分だな……)
相容れないはずの存在だった。
そして、認めないと決めたはずの存在だった。
そんな彼と、こうして穏やかな気持ちで対峙しているなんて。
「ねえ、聞いてる?」
何も答えずにいると、彼は再度語りかけてくる。
「このままじゃ、僕たち死んじゃうんだよ? 僕のせいで、君も道連れになって死ぬんだ。桜理を大事に想っているのは、君じゃないんだよ?」
「何を今さら……」
彼の参った顔があまりにも面白くて、思わず笑ってしまっていた。
「悪いけど、桜理に対する気持ちはもう、俺のものでもあるんだよ。今さら引き返せないよ。これに関しては、俺を飲み込んだのはお前なんだからな。……まあ、桜理の写真をずっと持ってたのは俺だし、全部が全部お前のせいってわけでもないけどさ。」
「………」
彼は何も言えなくなったらしく、気まずげにこちらから目を逸らすだけだった。
そんな彼の姿に、ふと違和感を抱く。
「なあ……お前は、本当に俺がお前に飲み込まれることを望んでたのか?」
桜理の問題が表面化してから、ずっと心の中にわだかまっていた問いをぶつける。
「お前はその気になれば、俺を消すことが簡単にできた。それは、桜理への感情を俺が自分のものとして感じるようになってから、なんとなく分かったことなんだ。たとえお前が俺の意志で再構築された存在だったとしても、お前が持つ権力は絶大だった。俺のことなんて簡単に消せたはずなのに、お前は今まで俺を消さなかった。消せなかったんじゃない。あえて消さなかったんだ。」
「………」
彼は答えない。
その沈黙は、自分の考えが間違っていないことを示しているように思えた。
「なんで、消さなかったんだ?」
問う。
「お前は、自分を殺そうとする人間は殺せばいいって考えてたんだろう? 人間に期待なんてしてないから、人間と深く関わろうとしなかった。だったら、人間を信じようとする俺のことは邪魔だったはずだ。でも、お前は……俺を消すんじゃなくて、自分が引き下がることを選んでた。お前が俺を押し退けて表に出たのは、俺が刺された時の一回だけ。なんで、俺を守ってくれてたんだ? 俺には、それが分からない。」
桜理への想いで全てが支配されてから、ずっと考えていた。
―――彼は、どうして表に出る道を選ばないのかと。
徐々にこちらの思考を蝕みながらも、彼は完全にこちらを飲み込むことはしなかった。
自分は彼とは違うと、そう再認識させる余裕を持たせてくれていた。
「どうせ死ぬなら、最期に教えてくれない?」
訊くと、彼はゆっくりとこちらを向いた。
そして、穏やかに笑う。
「君は……そうか。僕とは存在の次元が違うから、記憶が完全じゃなくても仕方ないのかな。……って、普通なら覚えている方がおかしいか。」
「………?」
「僕はね……本当は―――」
彼は何かを言いかけて、ふと口を閉じた。
「いや、やめようか。」
彼は目を閉じると、静かに首を振った。
「どうせ死ぬなら、謎は謎のままでいいんじゃない?」
答えを聞いたところで、あの世までそれを持っていけるわけじゃない。
そう彼は言って、はぐらかすように小首を傾げた。
「お前、最期の最後まで嫌な奴だな。」
言うと、彼は見た目の年相応の無邪気な笑みを浮かべた。
「えへへ。それが僕だもん。」
彼は笑う。
こんな風に語れるのも、これが最後だからなのだろう。
自分も、笑うしかなかった。




