差し出す命
<第7章 本当の気持ち>
桜の大木の前に降りると、すぐそこに桜理がいた。
どこか不安そうな表情をした彼女の瞳は、複雑に揺れている。
「本当に……来たんだ。」
桜理がぽつりと呟く。
「当たり前だろ。」
言いながら、実は桜理を見つめて苦笑を漏らした。
桜理から濃密に漂う死の気配。
少し会わない間に、また一段と強くなったようだ。
あと、彼女はどれくらいの命なのだろう。
死なせたくない。
絶対に。
突き上げる衝動に突き動かされるように、桜理を抱き締める。
抵抗されるかと思ったが、予想に反して桜理は動かなかった。
この温もりには、もう触れることすら叶わないだろう。
でも、それでいい。
少しの間でも、こうして桜理とまた過ごせただけで満足だ。
不思議なくらい、未練も後悔もなかった。
「絶対に助けるから。」
固い決意を胸に、実は自分と桜理に言い聞かせる。
息を飲む桜理。
実はそんな桜理の額に、軽く口づけを落とす。
心の名残惜しさとは裏腹に、体はあっさりと桜理から離れた。
―――もう、覚悟はできている。
実は桜理を一切振り返らずに、桜の木のすぐ下まで歩いた。
「………」
見上げた桜は、ただ風に揺れるだけ。
同調していない今、桜の声は聞こえない。
桜は今、どんな心境で自分のことを見下ろしているのだろうか。
実は片手をひらめかせ、手の中に魔力を集める。
魔力は自分の意志に応えて、淡い光を変形させると一本のナイフに姿を変えた。
自分が桜理の身代わりになるには、桜に自分のことを襲わせなければならない。
ならば、やることは一つ。
実はナイフの柄をぐっと握り、躊躇いなく自身の腕を切りつけた。
パッと赤い線が腕に走り、みるみるうちにあふれた血が肘を伝って地面へと落ちていく。
―――ドスッ
ふいに響いた、不吉な音。
「………?」
何が起こったのか分からなかった。
血が木に落ちた瞬間、後ろから肩を貫いた衝撃。
何の予兆もなかった。
あまりにも突然すぎる奇襲に、実は数秒呆けることになる。
その中でも無意識に動いた目が、ゆっくりと肩口を映した。
背後から、木の根が肩を貫いている。
その根は真っ赤に濡れていた。
その赤が自分の血であると認識した瞬間、五感が戻ってきて激痛が火を噴いた。
「うぐ…っ」
よろけた実の体を、地中から伸びた根が容赦なく突き刺す。
肩、腕、足と、急所からずれたところに次々と。
とうとう立っていられなくなって、実は地面に倒れた。
「やれやれ、よくやりおるわ。」
頭の中に声が響いた。
妙に木霊していて、まるで幻聴か夢のようだ。
「これこれ、幻聴ではないぞ。今は我の根が汝の体内にある故、同調なしに我の声が聞こえるのだ。汝も愚かじゃのう。普通、一人の人間のためにここまでするものか?」
(うるさいな……少なくとも、俺はそうだよ。)
声には出さず、心の中で呟いた。
それに対して、桜は軽やかに笑う。
「弱っても、口だけは減らぬ奴だ。前も言ったとおり、我は汝が気に入っておる。汝が自分を犠牲にすることを選んだのなら、我はそれに黙って協力しよう。今、我が吸収する血以外には余計な血が流れないようになっている。それに、痛覚も麻痺させておいた。これは、ささやかな我の情けだ。」
言われて気付く。
確かに、痛みを感じない。
感じるのは、脱力感と眠気だけだ。
実は、静かに目を閉じた。
(情けをかけるなら……せめて、一発で殺ってくれよ。)
「それでも別に構わぬがな。よいのか?」
桜が意味ありげに問う。
(……どういう意味?)
「汝が一気に死んでしまうと、我は力を吸収できぬぞ。完全に死んでしまえば、汝が持っていた力は我が吸収するよりも前に消えるからな。もしかしたら、桜理の命をまかなうだけの力を吸収できないかもしれない。」
(じゃあ、これでいい。)
実は即答する。
「あっさりしているな。」
桜が笑う。
死ぬ間際だというのに、なんという間の抜けた会話だろう。
桜の笑い声につられて、実も疲れたように笑った。




