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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第3部】封じられた秘めたる想い
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選ぶのは、ただ一人だけ―――


「………」

「………」



 その沈黙は、何よりも重い。



 思いもしなかった展開に、理性が弾き飛ばされそうだ。

 現実から逃避したがる心を(しっ)()して、実はきつく目を閉じた。



「梨央、ごめん。」



 ゆっくりと、血を吐く思いで拒絶の言葉を(つむ)ぐ。



「俺には、その気持ちを受け取れない。だから、梨央と逃げることもできないよ。梨央はこの生活を捨ててもいいって言ったけど、本当にそう? 自分がいつ死ぬかも分からないって恐怖に、この先ずっと耐えられるの?」



 とにかく、梨央を遠ざけなくては。

 梨央の覚悟を問うように、あえて冷たい目で梨央を射る。



「………っ」



 嘘を許さない実の剣幕に、梨央は答えられずに唇を噛み締めた。



「ほら、答えられないってことは無理なんだよ。」



 実は呆れたように息を吐いて肩をすくめた。



 そうだ、これでいい。



 梨央を侮蔑する態度の裏で、悲鳴をあげそうな心を必死に押し殺す。



 梨央のこの気持ちは自分に向けられていいものではないし、ましてや自分が受け取っていいものでもない。



 だから、これでいいのだ。



 自らに、暗示のように言い聞かせる。



 梨央を傷つけて、梨央を傷つけたことに自分自身も傷つく。

 それでも構わない。



 今は傷しか残らなくとも、未来のためにはこれが一番いい。

 梨央の傷は、これからの時間がゆっくりと癒してくれるはずだ。



 地球には、それだけのものがある。

 そんな世界を、梨央に捨てさせてはいけない。



「思いつきだけで、なんでもかんでも話さないでくれ。」

「………」



 シャツにしがみついていた梨央の手が、ゆっくりと離れる。

 実は黙って立ち上がると、梨央の隣を通り過ぎた。



 もう語ることは何もない。

 このまま自分がここにいても、互いにつらいだけだ。



 一旦この場を去ったように見せて、部屋の外から梨央の感情が薄らぐように魔法で干渉するか。



 そう考え、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。

 その時―――



「私は……」



 梨央が、やけにはっきりとした口調で呟いた。



「私は、実がこんなつらい道を歩まなくちゃいけないことが、ただ許せないだけなの。」

「うん……で?」



 必死に言い聞かせていた暗示が、揺れる。



 実はドアノブを握ったまま、石のように固まった。



 聞いちゃだめだ。

 これ以上、梨央の気持ちを知ってはいけない。



 分かっているのに、背中に刺さる梨央の視線が痛くて動けなかった。



「だから、私は実を選ぶよ。」



 ―――ガンッ



 その瞬間、自分の拳が渾身の力で壁を殴りつけていた。



 骨の髄にまで響く痛みは、激情のあまりか他人事のようにしか感じることができなかった。



「……やめてくれ。」



 口腔から漏れたのは、懇願にも似た悲痛な声。

 必死に殺した激情が、爆発的にあふれて理性をさらう。



 後に残るのは、とてつもなく理不尽で(みにく)(よど)んだもの。



「なんで……なんで、俺なんだ。拓也でも(はる)()でも、他の誰でもいい。でも……なんで俺なんだ!! なんでそんなに俺を想うことができるんだよ!? どうして、俺なんかのために全てを捨てるなんて言える!? その選択の先には、絶対に幸せなんか待ってないんだぞ。そんなの、分かりきったことなのに………くそっ」



 噛み締めた唇が破れて、口腔内に血の味が広がっていく。



 自分が何を言いたいのか分からなくなる。

 胸の中がどろどろとしたものに満たされて、窒息しそうだ。



 こんな醜態(しゅうたい)なんかさらしたくないのに、心の内に渦巻いた感情を吐露することしかできない。



 そんな自分に、どうしようもなく嫌悪感を覚えた。



 梨央が必死に言葉を(つむ)ごうとしている。

 顔を見ていなくとも、彼女が涙を流していることくらい容易に分かった。



「私は……実を好きでいちゃいけないの? 実の邪魔にしかならない?」



 実は何も答えない。

 答えるほどの余裕もなかった。





 ―――――実。





 この泥沼から自分を救い出すように、か細い声が響く。

 その声にすがるように、実はハッとして首を回していた。



 目についたのは、ベッドの上に放り投げてあった桜の枝。

 それが淡く発光し、風もないのにさわさわと揺れていた。



 梨央が枝を凝視する前で、実はそれを拾う。

 そして、大事そうに優しくそれを抱いた。



「……桜理が、呼んでる。」



 そのことをなぞった瞬間、自分の中に渦巻いていた激情が跡形もなく消え去っていく。



 早く行かないと。



 混乱に押し退()けられていた使命感が、数秒にも満たない間に自分を支配していく。



 それを見ていた梨央が、慌てて実の腕を掴んだ。



「だめ!」



 梨央はそう訴えるが、そんな梨央を射た実の瞳は一点の曇りもなく、そして機械のように無機質だった。



「梨央。さっき、俺に〝どうして?〟って訊いたよね。その答えなら、梨央が自分で言ったよ。」



 抑揚に欠けた声が、静かに空気を震わせる。



「引く気がないなら、こう言ってあげる。梨央は俺のためなら今の生活を捨てるとまで言ったのに―――どうして、同じ理由で俺が桜理のために動くのはだめなの?」



「―――っ!!」



 その問いかけに、梨央が完全に言葉を失った。

 反論の一切を封じられた彼女の手から、わずかに力が抜ける。



「それに、梨央は知ってたはずだよ。たくさんの友達がいたけど……俺が、馬鹿みたいに桜理しか見てなかったってことを。」



 突きつけた事実を、梨央は否定しない。

 幼馴染みとしてずっと近くにいたのだから、否定できないはずだ。



 黙り込むしかなくなった梨央に、実は最終宣告を放つ。



「俺は、桜理のために自分の命を使うって決めたんだ。こればかりは、何を言われたって譲らない。」



 はっきりと告げられた言葉に込められた覚悟。

 それに怯んだ梨央の腕から、最後の力が失われる。



 その一拍の間に、実はなんの躊躇(ためら)いもなく梨央の手を振り払った。



 バランスを崩した梨央を空気のように無視して、実は光の風と共にその場から消えてしまう。



「………」



 残された梨央は、実が消えていった場所を見つめる。

 次に実に振り払われた手を見つめ、目を閉じる。



 最後に開かれたその瞳に、絶望といった(たぐ)いの感情はなかった。



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