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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第3部】封じられた秘めたる想い
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幼馴染みの告白

 久々に帰った自分の部屋は、やはり何も変わっていなかった。



 ―――たった一つを除いて。



 実は、予想していなかった来訪者を睥睨(へいげい)する。



 ほんの少しの休憩を兼ねて立ち寄った部屋で、梨央が厳しい目つきで待ち構えていたのだ。



 その隣には、自分と全く同じ容姿をした少年が居心地悪そうに立っている。



「……すみません。彼女だけには気付かれてしまって。」



 申し訳なさそうに縮こまる自分の影に、実は微笑を向けた。



「別に構わないよ。そんなに責任を感じる必要はないって。長い間ありがとう。お疲れ様。」



 (ねぎら)いの言葉をかけてやると、彼はほっとしたように笑って目を閉じた。

 仕事を終えた彼の体が、あっという間に透けて消えていく。



 それを見送った実は、梨央に構わずベッドに身を投げた。

 体が泥のように重くて、少しでいいから横になりたかったのだ。



「一ヶ月以上も、何をしてたの?」



 梨央が冷たく問う。



 それで時間の概念を思い出し、枕元の充電器にささったままの携帯電話にスイッチを入れてみた。



 ディスプレイに表示された日付は、十一月二十三日。

 どうりで寒いと思った。



 そんなくだらない感想もそこそこに、携帯電話を裏返して伏せる。



「……別に。」

「別に、じゃないでしょ!」



 梨央が悲鳴じみた声をあげる。

 その声の機微に気付いて、目だけで梨央を見た。



 梨央の目には、今にも零れそうなほどに涙が溜まっていた。



「なんで泣いてるの?」



 訊くと、梨央が傷ついたように顔を歪めた。

 おそらく、こちらの声と態度が思ったよりもずっと冷たかったからだろう。



 一瞬こちらの態度に気圧された梨央だったが、ぐっと表情を引き締めた彼女は再度口を開いた。



「実。もう、桜理には会わない方がいいよ。」



 唐突に、梨央はそんなことを言う。



「は?」



 さすがに、だるさを押し退()けて反応してしまった。



 いきなり何を言い出すのか。

 思わず身を起こすと、梨央がすかさず肩を掴んで揺さぶってきた。



「だから、桜理のところには行っちゃだめ! もう、あの子に会っちゃいけない! 絶対に会わない方がいいの!!」



「な、なんで……」



「だって……―――桜理は、実を殺そうとしてるんだよ!?」



 梨央が(せき)を切ったように言い立てる。



 ずっと言いたくて仕方なかったのだろう。

 涙を流しながら、梨央は焦った様子で何度も実の肩を揺らした。



「桜理は、自分が生きるために実を利用するつもりなの。桜理が生きるためには実が死ななくちゃいけないって、本人が言ってたもん。実なら、絶対にお願いを聞いてくれるはずだからって。……実、桜理に(だま)されてるんだってば!」



「梨央、とりあえず落ち着いて……」



「実を待ってたこの一ヶ月、気が気じゃなかった。もし、実が死んでたらどうしようって……すごく、心配したんだから。また桜理に会いに行ったら、今度こそ実は死んじゃうかもしれない。だから、行かないで。もう、桜理のところに行っちゃだめ…っ」



 そのまま、梨央はとうとう泣き崩れてしまう。



(どうしてこんなことに……)



 実は細く、小さく息を吐いた。



 まさか、桜理と梨央の間にそんなやり取りがあったとは。



 多分、自分が桜理をフォローするようなことを言っても、火に油を注ぐような展開にしかならないのだろう。



(―――まあ、もうどうでもいいか。)



 そう感じた瞬間、胸と頭の温度が一気に下がった。



「……知ってるよ。」

「え?」



 泣き声の合間に、間の抜けた声を漏らす梨央。

 そんな梨央を前に、実は少しも揺るがない瞳で口を開いた。



「知ってる。全部知ってるよ。それを承知の上で、俺は桜理のために動いてる。」



 こちらの言葉が予想外だったのか、梨央はしばし呆けていた。



 それ以上のことは言えないので黙ってその様子を見つめていると、徐々に彼女の唇が震え出す。



「どう……して?」



 あまりにもショックが大きかったのかもしれない。

 梨央の口から漏れた声は、小さくかすれていた。



 実は微かに微笑む。



「桜理がこうなったのは、俺のせいなんだ。だから、俺には桜理のために動く義務がある。……というのは建前で、本当は俺がそうしたいだけなんだけどね。桜理が望むなら、別に死んだっていい。」



「どうして? ……なんで、そんなこと言えるの? そもそも、なんであの子があそこにいたのよ。桜理は、地球の人じゃないの? もう、意味が分からない…っ」



 梨央が混乱したように首を振った。



「……嫌。だめ……死んじゃうなんて、絶対に嫌! 行かないで!! 行かないで、実……」



 梨央がすがるようにしがみついてくる。



 だけど、自分にはその体を抱き締めることも、彼女を安心させるような言葉をかけることもできない。



 いくら必死に引き止められようとも、自分の考えは変わらないから。



「………っ」



 実は唇を噛み締める。



 梨央の優しさと一途な想いが苦しい。

 その苦しさに負けて、静かに目を閉じる。



 自分の選択と、これから梨央に突きつける現実。

 それに、身を切られる思いがする。



 大事な幼馴染みで、大事な友人だ。

 できることなら、彼女を傷つけたくない。



 しかし、自分が桜理を優先して死を選んだら、梨央が傷ついてしまう。

 それが揺るぎない結末なら、梨央を傷つける未来を受け入れるしかないだろう。



 どんなに考え直したって、自分の選択は変わらない。

 こればかりは、どうしようもないんだ。





 だって自分は―――()()()()()、記憶を封印してもなお、ずっと桜理に縛られて続けていたのだから。





「梨央……ごめん。」



 そっと梨央の頭をなでて、手の先に魔力を集める。



 きっと、忘れてしまった方が楽だ。



 これ以上つらい思いをする前に。

 一生消えない傷を作ってしまう前に。



 自分とは関係のないところで、彼女が笑って幸せに暮らせるように。



「……なんで?」

「え?」



 しゃくりあげていた梨央が、ふいに呟いた。



「なんで、実ばかりこんな目に遭わなきゃいけないの? 死ぬようなことをしなきゃいけないの? 神様がそう決めたから? だったら、私は神様を恨むよ。どうして、実ばっかり……」



 顔を上げた梨央は、()き物が落ちたかのように落ち着いた表情をしていた。



 何をされようとしていたのかを本能的に悟ったのか、頭に置かれた実の手を掴んでゆっくりと下に降ろす。



 そして、実の目を間近から見つめた梨央はこう言った。



「実、一緒に逃げよう?」



 予想だにしない言葉に、実は絶句する。

 固まった実に、梨央は必死に言葉を連ねた。



「逃げよう? ここでも、向こうでも、どこでもいい。誰も追ってこられないような場所に逃げよう? そこで、静かに暮らそう? どんな生活が待っているかなんて分からないけど……それでも、実がこれ以上つらい思いをしないなら、私は今の生活を捨ててもいい。」



 混乱のあまり、思考がとんでもない方向に行ってしまっているようだ。

 実は、微かな焦りを見せながら梨央の肩を掴む。



「梨央、落ち着いて。何言ってるんだよ。」

「落ち着いてる。言ってることも本気だよ。」



 心配そうに顔を覗き込む実に、梨央ははっきりとそう告げた。

 その瞳にこもった光がしっかりしていることに気付き、実は狼狽(うろた)えてしまう。



 意味が分からない。

 彼女が、どうしてここまで自分のために必死なのか。



 眉を寄せて少し考えたところで、実はハッとする。



 今の梨央の姿は、自分にそっくりだ。

 誰かのために、自分を捨てる覚悟でここに立っている。



 梨央の自分への想い。

 もしそれが、自分が桜理へ(いだ)いているものと同じ種類のものだとしたら―――



「梨央、もしかして……」



 茫然とそう零した実に、梨央は痛いほどに純な(まな)()しを注いでいた。



「遅いよ。やっと気付いたの?」



 この先を聞きたくない。

 自衛本能がそう訴えていた。



 聞いてしまったら、二人の間の何かが壊れてしまう。

 しかし―――





「私は、実のことが好きなんだよ?」





 梨央は、その破壊の言葉を躊躇(ためら)いなく言い放った。



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