そんなに大事か?
「……ふざけるな。」
その唇から放たれたのは、怒りに震える声。
「あんたの望みは分かったよ。だけど、そのために桜理が道連れになるっていうのか!? 時の流れの違いのせいで、桜理はただでさえこの世界の人より長く生きられないんだ。その短い命を、さらに短く終わらせてたまるかよ! 桜理は、生きたがってるんだぞ!?」
叫んだ。
腹の底から叫んだ。
これも、人間のわがままなのだろう。
この桜に対して、こんなことを言う権利がないことは分かっている。
しかし、それで割り切れるほど、自分にとっての桜理は軽い存在じゃない。
何もせずに桜理を死なせるなんて、できるわけがない。
桜の枝が、さわさわと揺れる。
「……そんなに、桜理が大事か?」
桜が問う。
実は、静かに頷いた。
「昔の俺と今の不安定な俺が揃って、唯一純粋に大切だと言い切れる人なんだ。桜理のためなら、なんだってやってやる。」
そう。
桜理は、唯一の特別な存在。
人間を嫌っていた昔の自分が、初めて心を許した人。
そして、昔を拒絶する今の自分も、心の一部でずっと意識していた人。
昔と今の確執をものともしないほどまでに、桜理は特別だった。
拓也や梨央など比較対象にもならないくらいに、桜理は大切な存在なのだ。
そんな存在をまた救えないなんて、絶対に嫌だ。
同じ過ちを二度も繰り返したくない。
しかも、彼女を救えるチャンスはこれが最後。
今救えなければ、彼女は今度こそ永遠に笑えなくなってしまう。
それを考えるだけで、気が狂いそうなのだ。
「桜理の躊躇いなど、汝にはなんの意味もないのであろうな……」
桜がふいに笑う。
そこで違和感を覚えて、実は怪訝深そうに桜を見上げた。
幹に触れた手から伝わってくる、桜の感情。
―――桜が、楽しんでいるのだ。
「何が面白いんだよ。」
実が不機嫌で訊ねると、桜は対照的に明るい笑い声を漏らした。
「いや、よいのだ。我は汝が気に入ったぞ。元より、我に同調してきたのだから汝の気持ちは我に筒抜けだ。純に桜理を想っているのだな。死にかけの我に同調するなぞ、さぞ苦しいだろうに。」
見事に図星を射抜かれ、実は思わず握った手に力をこめた。
確かに、この状況は苦しかった。
呼吸も脈も桜のものに同調しているためか、息は微かにしかできないし、体は重くて仕方ない。
そんな風に体調に意識を傾けた瞬間、体が酸欠に喘いで頭がぼんやりとしている。
手足と胸が痺れて、麻酔のように意識を遠ざけようとする。
普通に話したり体を動かしてはいるが、実際は意識を保っているだけで精一杯だ。
桜理のことがなければ、こんな芸当はできなかっただろうと思う。
「汝の覚悟はよく分かった。それに免じて、我は汝に協力しようではないか。」
「……え?」
桜のあっさりとした態度の変わりように、実は呆気に取られてしまった。
「汝と違ってな、我はもう諦めておるのだ。人間が我を解放せぬ限り、我は生きるしかないのだろう。桜理が急に死ねば、こんなに早く桜理が死ぬと思っていなかった人間たちは慌てるだろうな。もしかしたら、次の子供を用意できずに我は眠れるのやもしれぬ。だが、そんなわずかな希望にしがみつけるほど、我は若くはない。先ほどまでの言葉は、単に汝を試していただけよ。」
軽い口調で、桜は言った。
枝が風に揺れる。
途端に、桜に真正面から見据えられたかのような気分に陥った。
桜から発せられる、永く生きてきたが故の威圧感。
それが、問答無用で緊張を駆り立ててくる。
「知りたいのであろう? 桜理を救う手立てを。」
低く、ゆっくりと訊ねられる。
おそらく、これが最後の念押しなのだろう。
実は、しっかりと頷いた。




