このままでは、壊れてしまう―――
自分を迎えた女性。
彼女が、地球では実の母親として認識されている人物であろうことは分かっている。
でも、鼻を抜ける香りが訴えてくる。
―――彼女もまた、こちら側の存在であることを。
「そう訊いてくるということは、あなたは向こう側の人間なのね。」
一瞬目を見開いた女性―――詩織は、淡く微笑んだ。
「どうぞ。あなたが訪ねてきた理由は分かるから。」
彼女は玄関のドアを大きく開き、拓也を中へと促した。
「あなたは、実がすでに記憶と魔力を取り戻していることを知ってますよね?」
玄関に入り、拓也は単刀直入にそう訊ねた。
詩織は一度肩を揺らして……
「ええ、もちろん。」
囁くように答え、視線を二階へと向けた。
「魔力の封印が解けているのはすぐに分かったし……あんな風になった実を見れば、嫌でも実感するわ。今の実は、魔力を封じる直前の実と同じだもの。」
「何か知ってるんですか!?」
拓也は思わず詩織の腕を掴む。
すると、詩織は悲しそうに目を伏せて首を横に振った。
「詳しくは知らないの。エリオスでも、実から話を聞き出すことはできなかったみたい。まあ……仮に話を聞けていたとしても、エリオスは私に何も教えてくれなかったでしょうけど。私の役目は、あくまで地球の人間として実を見守ること。エリオスとの約束で、実に向こうに関わるような干渉はしないってことになっているの。」
「約束…?」
「そう。本当に、もどかしいったらないわね。」
やり切れない気持ちをこらえるように目を閉じた詩織は、拓也に向かい合うとその手を握った。
「来てくれてありがとう。実の傍に行ってあげて。本当は、エリオスも実の傍にいたくて仕方ないと思う。でも、あの人も実と一緒で〝鍵〟を巡る運命に縛られた人。実が向こうに戻ってしまった今、そう簡単に実に会うことができないの。だからどうか……私たちの分まで、あの子の傍にいてあげて。あの子を助けてあげて。このままじゃ、あの子はきっと壊れてしまう。……お願い。」
悲痛な声で訴えられ、つきりと胸が痛んだ。
先ほど抑え込めたはずの黒い感情が、また全身に広がっていく。
自分は、純粋な好意だけで実の傍にいようと思ったわけじゃない。
その事実が胸に突き刺さる。
だけど……
「分かりました。」
胸の内で荒れる感情には蓋をしたまま、拓也は詩織に向かってしっかりと頷いた。




