エーリリテの想い
「実!!」
慌てて駆け出した拓也が、実が倒れるよりも前にその体を受け止める。
気を失ったらしい実は、顔面蒼白ながらも呼吸は穏やか。
胸も一定のリズムで上下している。
グランに刺された時はどうなるかと思ったが、彼が施した治癒魔法のおかげか、死ぬようなことはないと見て間違いない。
「あいつ……素直に引っ込んだのか…?」
ほっとしたが釈然としない。
複雑そうな拓也の表情から、そんな心の声が聞こえてくるようだった。
「みたいだな。何はともあれ、事なきを得てよかった。グランもちゃんと息をしてる。」
グランの様子を確かめていた尚希が、ほっと安堵の息をつく。
尚希の言葉を聞いて、拓也も無意識に全身に込めていた力を抜いた。
その時ふと、実を抱く拓也の前に何かが立ちはだかる。
拓也が顔を上げると、そこには神妙な面持ちで実を見下ろすエーリリテがいた。
彼女は固く唇を引き結んで目元を険しくすると、実に向かって手を伸ばす。
静かに近付いてくる細い指先は、一体何を目的としたものか。
「………っ」
エーリリテの剣幕に触発された拓也は、思わず実を抱く腕に力を入れ直す。
厳戒態勢の拓也の前で、眠る実の頬に手を添えたエーリリテは―――しおらしく眉を下げた。
「この子、普段はふてぶてしいから実感が湧かなかったけど……本当に、厄介なものを抱えて生まれてきちゃったのね。」
重々しくエーリリテが告げると、拓也と尚希が瞠目して息を飲んだ。
「エーリリテ……お前、知ってたのか?」
何について、とまでは訊く必要などなかった。
尚希の問いに、エーリリテは小さく頷く。
「知ってるわよ。実と知り合ってすぐの時、家族に嘘はつきたくないからって、エリオス本人が説明してきたもの。天地がひっくり返るって、あの時のことを言うのよね。」
苦笑を呈し、エーリリテは実の髪をなでる。
微笑む彼女からは、実を傷つけるような雰囲気は微塵も感じられなかった。
そこから漂ってくる香りにも、敵意を思わせるようなきつさはない。
エーリリテが実の敵に回ることがないと判断できた拓也は、今度こそ脱力して肩を落とした。
尚希も、無意識でつめていた息を大きく吐き出す。
そんな二人の反応に、エーリリテは少し唇を尖らせて抗議的な目を尚希に向けた。
「何よ…。私が実を殺そうとするとでも思った?」
「悪い。ちょっと疑った。この世界じゃ、事情を知ってて実の味方につける人間は極端に少ないからさ。」
正直に白状する尚希に、エーリリテは渋い顔を隠せずにいるようだった。
尚希の言葉は、否定しようのない事実だからだ。
「そりゃ、内心は複雑よ。でも……」
尚希から実へ視線を戻したエーリリテは、その顔に再び柔らかい微笑をたたえる。
そして―――
「この子に罪はないのよね。まったく、一人で無茶しちゃって…。なんだかんだ、私も父さんも兄さんも、あんたのことを可愛いって思ってるんだから、少しは頼りなさいよね。お馬鹿。」
実本人が聞いている状況では絶対に言えないだろう言葉が、その唇から紡がれた。




