実に対するそれぞれの想い
「ハエル!」
ハエルが説明を終えたその時、これまで必死に感情を押し殺していたエーリリテが、痺れを切らしたようにハエルに掴みかかった。
「あんたね、なんで実を止めなかったのよ!? あの子がどんなに無茶をしてたのか分かってたはずでしょ!? 実を殺す気なの!?」
「もちろんお止めはしました。でも……」
ハエルは胸ぐらを掴まれたまま、涙をめいいっぱいに溜めたエーリリテの双眸を見つめた。
「死体がごろごろと転がる場面は見たくない、と。そう言われて、エーリリテ様なら無理に止めることができますか?」
「!?」
その言葉に、直接問われたエーリリテだけではなく、絶句していた拓也と尚希も大きく目を見開いた。
「実様は、私たちとは明らかに違う場所から物事を見つめています。きっと、実様にしか分からない何かがあるのでしょう。自分の考えが認められないと知れば、この方は躊躇いなく一人で行ってしまう。私にできることは……せめて、この方を独りにしないことだけだったのですよ。」
ハエルは唇を噛んだ。
出会ってから、まだほんの数週間。
そんな短い時間の中で、実の本音を聞くことはたまにあった。
しかし、その本音の中でさえも、実は絶対に自分のことを分かってほしいとは言わなかった。
どんなにつらいと本音を零しても、最後には自分は普通じゃないから理解されないのは当たり前だと、そう自分に言い聞かせて終わるのだ。
そうすることで、実は一人であることに慣れようとしている。
他人から理解されず、拒絶されることが普通であると思おうとしている。
そして―――理不尽に向けられる敵意や殺意を、仕方ないものとして受け入れようとしているのだ。
突き放してしまえば、この子はそれを受け入れて離れていってしまうだろう。
決してこちらを責めはぜず、自分に原因があるのだと納得して。
人間への猜疑心に苦悩するこの子に今必要なのは、何があっても離れない誰かの存在だ。
自分は、この子が素直に心を許してくれている今のうちに、あなたにもちゃんと味方がいるんだということをしっかり教えてやらねばならないのだ。
そうしないと、この子は簡単に独りになって人知れぬところで傷つき、そしてその痛みに独りで耐えることになってしまう。
この世界ではただでさえ、この子は孤立しやすい存在なのだから……
「独りにしないこと……か。確かにそのとおりだな。分かってやれなくても、頼りにされなくても……傍にいることだけは、オレたちにもできるんだもんな。」
誰もが言葉を失った中で、ぽつりと尚希が呟いた。
寂しげに微笑む尚希。
その隣では、拓也が何かをこらえるような表情で床を見つめている。
尚希はベッドに横たわる実を見下ろし、その白い頬にそっと触れた。
「なあ、実……」
囁くような小さい声。
それは、聞く者の胸を切なくさせるような響きを伴っていた。
尚希の呼びかけに対する実の反応はなく、閉じた瞼は開く気配すらない。
しかし、尚希はそれに構うことなく、独白のように言葉を連ねる。
「もし訊くことが許されるなら、教えてほしい。実の目には、どんな世界が映ってるんだ? 実が見据える未来に、オレたちはちゃんといるか? 一人で……独りでいないよな? 実……」
当然、答えは返ってこない。
尚希は深く息をついて目を閉じると、静かに実から離れて部屋を出ていってしまった。
「実……あんた、馬鹿じゃないの?」
ドアが閉まる音を後ろに聞きながら、ハエルに掴みかかったままのエーリリテが、怒りと悲しさが混じったような声を絞り出す。
その声と同じく、ハエルの服を掴む両手も微かに震えていた。
「私だって……一応、心配はしてるんだからね。なんでもかんでも、一人で背負うんじゃないわよ。これ以上優しいキースを苦しめるっていうなら……あんたを殺したとしても、許さないからね…っ」
彼女の声には、ともすれば憎しみすら込められていたかもしれない。
エーリリテはそこまで言うと、くるりと踵を返して急ぎ足で部屋を出ていった。
おそらく、尚希を追いかけにいったのだろう。
今度はやや乱暴にドアが閉まり、次に訪れる静寂をより一層際立たせる。
次の瞬間―――
「あーあ。いっそのこと、殺してくれないかな?」
狙いすましたように、実の唇が弧を描いた。




