街を守る秘儀
「なるほど。あの変な空気の原因は、フェン君だったのか。」
「確かに、なんの訓練もなしに実の力を使いこなすなんて無理な話だよな。フェンとしては、手遅れになる前にケリがついてよかったな。」
ハエルの話を聞き、尚希と拓也は納得したようにそう頷き合った。
そんな二人とは異なり……
「なんて無茶を……」
エーリリテは、頭痛をこらえるかのように額を押さえる。
その原因は、ハエルがしたもう一つの話によるものだった。
「無茶っていうのは、例の儀式ってやつか?」
尚希が問うと、エーリリテは力なく首を縦に振った。
「その例の儀式って、具体的にはどんなもんなんだ?」
「………っ」
重ねて問われた途端、ハエルとエーリリテの顔色が変わる。
ハエルは困ったような表情でエーリリテを見やり、それを受けるエーリリテは難しげな顔で何かに悩んでいるようだった。
やがて。
「緊急事態、だものね……」
エーリリテがそう呟いて顔を上げた。
「いいわ、説明してあげて。キースたちになら、話しても大丈夫でしょう。」
彼らは信用に値する。
尚希たちを見るエーリリテには、揺るぎない確信があるようだった。
人間不信に陥っているあの実が、普段から行動を共にするくらいだ。
その時点で、信用するには十分なのだろう。
「そうですか。分かりました。」
了承の意を示して頷き、ハエルは尚希たちに向き直った。
「実様から、守護獣の統一という言葉を聞いたことはありますか?」
ハエルが訊ねると、首を捻る尚希に対して、拓也が何かに思い至ったように片眉を上げた。
「前に実がグランに言ってたな。それができれば、みんながあんたの力を認めざるを得ないって。」
「そりゃそうよ。」
エーリリテが口を挟み、大仰に息を吐き出す。
「魔力が弱くなってきてるこの街の人には、到底できるような儀式じゃないわ。それをやってみせれば、誰だって実力を認めるわよ。……やるだけ無謀だけどね。」
一気に温度を下げるエーリリテの声。
それだけで、儀式の危険性は十分に察することができだろうだろう。
拓也と尚希が揃って息を飲んだ。
「守護獣の統一とは、この街全体を守る最大の防御術といえます。」
ハエルは説明を再開する。
「私たちは守りについて絶対の自信を持っていますが、多少なり契約している家の魔力の影響を受けます。そう考えると、この街の方々の魔力は弱まっているのではなく、守護獣と魔力を共有している影響で弱く見えているだけなのかもしれませんね。まあ、それはさておき……」
ハエルは人差し指で上を指し示した。
「この街を、上空から見たと想像してみてください。守護獣が守るのは、あくまでも契約した家のみです。となると、一つの家としては十分な守りも、街全体としてはかなり穴がある守りだということが分かるでしょう。」
「確かに。家の外やオレたちみたいな部外者が集まる場所は守りの管轄外ってことだもんな。」
「そのとおりです。しかし、そのことは時と場合によって、人には都合が悪いことがあるようです。有事の際のために作られ、この街でのみ伝わる古来の術。それが守護獣の統一なのです。」
ハエルの説明を、拓也たちは真剣な顔で聞いている。
「いつもは契約している家だけを守り、それぞれが独立している我々を一つの目的のためにまとめる術。口で言うのは簡単ですが、それは守りの穴の一つ一つを術者本人の力で埋め合わせるようなものです。相当な力を要します。それ以前に、我々守護獣に認められる必要があります。」
「認められる?」
聞き返したのは拓也だ。
ハエルはゆるりと頷いた。
「我々が契約した家の血族にしか自分に触れることを許さないという話は、以前に実様から聞きましたね? そんな我々が、そう簡単に他人に従うわけがないでしょう? 例外的にこの人間に従ってもいいのか。守護獣たちは、それをじっくりと吟味します。そうしてこの街に住む守護獣全てから認められて、ようやく儀式が行えるわけです。」
この時点で、守護獣の統一という儀式がいかに手間のかかる術であるかが分かることだろう。
魔力云々の前に、自分のことを守護獣たちに認めさせる必要があるのだから、大体の術者は儀式に使う精神力の方が先に尽きてしまうのである。
「守護獣の統一の効果は、守護範囲の拡大と強化です。家と家という個々ではなく、守護獣の力を最大限に引き出して街全体を守る防御結界を構築するのがこの術の本質。そしてそれは先ほども述べたように、守りの穴を術者の力で埋め合わせるようなもの。なおかつそれを、己の目的を達するまで持続させなければならない。―――これが、どういう意味を示すのか分かりますか?」
問いかけて、訊くまでもなかったとハエルは思い直す。
知恵の園で育ったという拓也と尚希なら、魔法の使い手としての知識と技量は超一流だろう。
自分が言わんとしていることも、実が一体どれだけのことをしてきたのかも、とっくのとうに理解している。
彼らの蒼白な顔面が何よりの証拠だ。
拓也が、からからに渇ききった声で呻く。
「つまり、儀式を行っている間は……」
「術者は常に、大量の魔力を使い続けなければならない……ってことだな?」
途中から、尚希が拓也の言葉を引き継いで結論を述べた。
それに対してハエルは頷き、次に憂いを帯びた表情で目を伏せる。
「ご明察。正確に言うなら、街を守る結界が発動中の間は、ですがね。実様が西の森で行ってきたことは、守護獣の統一の前準備のようなものです。ですが、結界が発動している間は魔力を大量消費するだけではなく、守護獣たちの感覚を共有することになります。結界魔法の基本ではありますが、結界が受けるダメージは少なからず実様自身に返ってくることになるでしょう。」
とうとう、拓也たちが絶句する。
この術は、それだけ壮絶な秘儀なのだ。




