何かが違う
もう少し深く考えれば、何かを掴めそうな気がした。
しかし、そこに至ることはできなかった。
―――ゾクッ
全身を雷で打たれたかのような衝撃を伴った悪寒。
それが、それまでの思考を木っ端微塵に打ち砕いたからだ。
悪寒は吐き気がするほどの不快感へと変わり、それが胸を締め上げてきて息が苦しい。
肌という肌が粟立って、冷や汗が滲み出てくる。
殺気や狂気。
負の感情が混ざりまくった、禍々しい気配。
それがすぐ近く―――自分の背後で渦巻いている。
「―――っ!?」
そのことに気付いた瞬間、グランは本能的な速さでその場を飛び退いた。
「だ、誰だ!?」
木々と茂みの向こうへ激しく誰何。
微かに聞こえるのは、茂みを掻き分ける音。
その音は、徐々にこちらに近付いてくる。
身構えながら木々を睨んでいたグランは、近付いてくる人物の正体に気付いてその目を大きく見開いた。
「あれ、グランさん?」
木立の隙間から姿を現した少年は、グランを見ると小首を傾げた。
「フェン…?」
グランは、呻くように少年の名を呼んだ。
「どうしたんですか? 顔、真っ青ですよ?」
「動くな!!」
無意識で叫ぶグラン。
フェンは踏み出しかけた足を止めると、不思議そうにグランを見つめた。
その様子は、一見して無邪気そのもの。
しかし、グランはそんなフェンに警戒心を解けないでいた。
―――おかしい。
フェンはいつも、どこかに影を背負っているような人間だった。
その影が、今は全くないのだ。
いや。
それだけなら、ここまで警戒などしない。
「………っ」
グランは、カラカラに渇いた喉でありもしない唾を飲み込んだ。
何よりも異常なのは、彼の身を包む気だ。
困ったような視線を送ってくるフェンがまとう気は、その外見から得られる情報とは正反対のものだった。
ひどく重々しくて、濁っている気。
それに全身が押し潰されそうで、脳内では警鐘がけたたましく鳴り響いている。
―――ここにいてはいけない、と。
本能がそう訴えているようだった。
しかし、自分を成り立たせるプライドが、フェンに背を向けることを許さない。
「あの……本当に、大丈夫ですか?」
フェンが戸惑った表情で一歩踏み出す。
それだけで、頭がパニックに陥りかけた。
「う、動くなって言っただろ!?」
「そう言われても……」
「お前……一体、何があったんだよ? なんか変だぞ!?」
こちらの問いかけに一瞬きょとんとしたフェンは、やがて苦笑を浮かべた。
その笑顔がひどく不気味に見えてしまい、冷や汗が大粒になって首筋を伝っていく。
「変なのは、グランさんの方じゃないんですか? 体調が悪いなら―――」
「くっ、来るなああぁぁぁっ!!」
再三の制止の声を聞き届けることなく近付いてきたフェンに、とうとう理性の糸が切れる。
がむしゃらに手を突き出したグランは、フェンを全身全霊で拒絶していた。
―――バァンッ
鼓膜を叩いたのは、そんな爆発音。
その音で、フェンに向かって攻撃魔法を放ってしまったことに思い至る。
「フェン!!」
大丈夫か、と。
先に続くはずだったこの言葉は、音になる前に消えてしまった。
目の前に、ありえるはずのない光景があったのだ。
フェンは淡い微笑みをたたえ、無傷でそこに立っていた。
その手のひらに、火花をまき散らす球体を浮かべて。
言うまでもなく、あの球体は自分がフェンに向かって放ってしまったもの。
「―――ふふ。びっくりしましたよ。」
半ば茫然と立ち尽くすグランに、フェンは上機嫌で口を開いた。
「まさか、ここまで露骨に怖がるなんて。」
「なっ…!?」
フェンの物言いが癪に障って、グランが我に返ると同時に顔を赤くする。
しかし、そんなグランの機微など、フェンは歯牙にもかけていないようだった。
「とりあえず、こんな物騒なものは消しておきますね。」
フェンは当然のようにそう言い、手に浮かぶ球体をぐっと握り潰す。
彼が次に手を開くと、そこにあったはずの球体は跡形もなく消失していた。
「!?」
再びありえない光景を見せられたグランは、息を飲むしかない。
「グランさん。」
悠然とその場に佇むフェンは、グランを見据えて笑う。
そして、こう言い放った。
「僕と、一勝負しませんか?」




