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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第2部】守護する獣の街
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それは、苦手意識ではなく―――


「なんか嫌な感じがするな、最近……」



 街外れにある広場のベンチに座りながら、グランはぼそりと呟いた。



 昨日辺りから、街中によくないものが漂っているような気がする。

 それが気持ち悪いからか、今日は朝から胃がむかむかとしている。



 今日はもう一度ちゃんと話し合おうと思って、シェイラをここに呼び出している。

 ここは人があまり来ないので、他人に邪魔されたくない時には都合がいいのだ。



 シェイラに、少しでもこの想いを伝えなえれば。



 そんな決心をしている自分を(かんが)みると、彼女との話し合いに緊張しているせいで胃がむかついているのかもしれない。



 グランは一つ、溜め息をついた。



 馬鹿みたいな遠回りをしているのは、重々承知している。



 本当はもっと(なご)やかに話したいはずなのに、シェイラは目を合わせることすらしてくれない。



 それがもどかしくて、とにかく彼女の視界に入ろうと()いた結果、短気な自分はどうしても言動が荒くなってしまう。



 自分と似て喧嘩っ早いエーリリテと売り言葉に買い言葉の勢いで口論ばかりしていることも手伝って、シェイラの怯えはただ増すばかり。



 今日こそは彼女を怯えさせないように、理性的に話すことを徹底しなければ。



 そうは思うのだが……最近どこか様子がおかしい彼女と、上手く会話が繋げるだろうか。



 会話が途切れる時のシェイラは、自分に怯えて口を閉ざしていることがほとんどだった。



 しかし、最近の彼女は会話以前にこちらの話を聞いてすらいないような印象を受ける。



 自分やフェンがいても他のことばかり考えているようで、話の相づちも上の空で的外れなことが多いのだ。



 そう―――ちょうどこの間、実に会った時くらいから。



(くそ……嫌な奴を思い出しちまった。)



 実の姿が頭に浮かんで、グランは表情に苦々しいものを浮かべた。



 シェイラを見ていて思うのだが、彼女はどうも実のことを非常に気にかけているようだった。



 フェンがごくたまに実の話をするのだが、いつも話を聞き流しているだけのシェイラが、その話題にだけは異常な食いつきを見せる。



 ……もしかして、シェイラは実が好きなのだろうか。



 そんな疑問に、グランはますます()(けん)にしわを寄せる。



 初めて実に会ったのは、いつものようにシェイラを捜して領主邸に出向いた時だ。



 その日シェイラは屋敷にいなかったが、代わりに屋敷前に広がる庭で実に会ったのである。



 始めこそ実の存在に驚いて興味を持ったが、それも一瞬で無に帰した。

 一目見て、実から魔力の欠片(かけら)も感じられないことに気付いたからだ。



 試しに馬鹿にしてみたが、実はどんな言葉にも反論しなかった。



 こいつも街の人間と同じく、力がないことを当然だと受け入れて諦めている人間なのだと落胆した。



 守りたいものを守るためには少しでも力が必要だというのに、どうして自分の周りはこうも楽観的なのかという苛立ちも感じた。



 しかし、その落胆も苛立ちもすぐに吹き飛んでしまった。





 実は―――笑っていたのだ。





 まるで、その言葉を待っていたとでもいうような、満足そうな笑顔だった。

 その笑みに心底驚き、気味の悪さと微かな恐怖を感じた。



 もう会いたくないと思った。

 あの薄気味悪い笑顔を忘れたくて、実に会ったこと自体を忘れようと思った。



 でも、できなかった。



『それ、きっと実さんだわ。』



 その話を聞いたシェイラの言葉だ。

 そしてシェイラはその後、笑いながら実のことをあれこれと話し出したのだ。



 正直に言えば、かなり(しっ)()した。



 シェイラが楽しそうに誰かのことを話すのを、それ以前にここまでしゃべるシェイラの姿を見るのは初めてだったのだ。



 あの気味の悪い笑顔のせいで忘れなれなかった実のことが、そのせいでさらに忘れられなくなった。



 その後、もう会いたくないと思っていたはずの実とは何度も会ったことがある。

 別に会いに行っているわけではないが、やたらと会う頻度が増えたのは確かだ。



 いつの間にか自分たちが抱える問題を察していたらしく、シェイラとの話がこじれる場面に居合わせると横槍を入れてくることもあった。



 こちらが苛立って八つ当たりっぽく反論しても、実は動じなかった。

 そして、彼の唇から静かに(つむ)ぎ出される言葉は、どれも自分の核心を射ていた。



 なんだか、とても気持ち悪かった。

 いくつも年下の少年に、何もかもを見透かされているようで。



 いつしか自分は、実に対して苦手意識を(いだ)くようになっていた。



 それをプライドからくる強気な態度で隠しても、実を前にしてはそれすらも見破られていそうで、内心は気が気ではなかったのだ。



 今だって、実の姿を脳裏に浮かべると背筋が震える。



 これはもはや―――苦手意識ではなく、れっきとした恐怖だ。



「………っ」



 グランは奥歯を噛み締める。



 実は、不気味なほど物事を悟っているように思う。

 しかし、ただそれだけだ。

 別に、彼に特別な何かがあるわけでもない。



 分かっているのに……



 実を前にすると、理性が暴走しそうになってしまう。

 油断をすれば、怖くて膝が砕けそうになる。

 他の人々は平気そうなのに、自分だけ。



 もしかしたらそれは、仕方ないことなのかもしれないけれど……





「……………は?」





 そこで、グランは思わず声をあげた。



()()()()?」



 素通りしそうになった心の呟きを、あえて音に出してみる。

 その瞬間、とてつもない違和感が脳裏に広がっていった。



 仕方ないとは何なのだろう。

 まさか、自分が実を怖いと思うのは仕方ないことだとでも?



 今さらながらに自覚した、自分の思考。

 自覚した後では、それが非常に気持ち悪い。



 どうして自分はそんなことを考えた?

 これが本能的な直感だとしたら、自分にそう思わせる実は一体―――



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