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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第2部】守護する獣の街
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行動開始


 ―――――トンッ



 誰もいない薄暗い部屋の中に、小さな音が降り立った。

 部屋に()えられたベッドに向かうのは、純白の影。



 ベッドでは、一人の少年が眠っていた。



 綺麗に整った顔。

 淡い栗毛色をした、柔らかそうな細い髪。



 固く目を閉じた少年の肌は透き通るように白く、生気の欠けた顔色も相まって、その風貌はさながら精緻(せいち)な人形のようだ。



 影の正体である純白の狼は、少年の真横に到着すると、その頬に頭をすり寄せた。

 しかし、少年はやはり反応しない。



 狼は露骨に顔をしかめると、人間っぽさが存分に(にじ)み出た深い溜め息をついた。



「起きてくださいよ、実様。」



 この家の守護獣ことハエルは、呆れ口調で実に語りかける。

 すると、今まで真一文字に引き結ばれていたはずの唇が、にっと弧を描いた。



「やれやれ…。もうちょっと寝たかったんだけどなぁ。」



 ゆっくりと開かれた(まぶた)の奥から、ガラス細工のよう美しい薄茶色の瞳が覗く。



「俺が倒れてから、どのくらい?」

「二日です。」

「二日……か。」



 実は身軽な動きで起き上がると、窓辺に近付いてカーテンを少しだけ開いた。



 そして、窓の向こうに広がる景色を眺めた後、嫌なものでも見るかのように顔をしかめる。



「二日でこれか…。かなりきついな、こりゃ。」



 窓一枚を挟んでいても分かる。

 街中には、非常に禍々(まがまが)しい気が充満している。



「………」



 実は、口元を(そで)で覆った。



 潜在的魔力が衰退して魔力に対する感度も弱くなっているこの街の大多数は、おそらく大丈夫だと思う。



 しかし、少しでも魔力に敏感な者なら、この気に当てられて体調を崩してしまうに違いない。



 現に、強い吐き気を覚えている自分がいい例だ。



「暴走してるね。」



「はい。昨日から、この気で体調を悪くした人が何人か出ています。一番気が濃い場所は、言うまでもありませんが…。さすがに、今日中になんとかしないと危ないですよ。」



「そうだね……」



 実は視線を外に固定したまま、目を細くする。



「二日はくれてやったんだ。もう、各々(おのおの)結論が出ててもいいでしょ。」



 さて、彼らが転がり落ちた先に待ち受けるものは、破滅か救済か。

 自分が衝動的にやってしまったことの処理ついでに、結末くらいは見届けてやろう。



 実はカーテンを閉めて後ろを振り返る。

 その流れで室内を見渡して、ふと違和感を(いだ)いた。



「あれ…? そういえば、誰もいない。」



 意外なことがあるもんだ。

 心配性の拓也と尚希が、二人揃って部屋にいないとは。



「お二人なら、この気に当てられた人の治療に行かれましたよ。エーリリテ様はおそらく屋敷にいると思いますが、呼んできますか?」



「いや。」



 ハエルの申し出に、実は即で否を唱える。



「むしろ好都合。」



 言うや否や、実はテーブルの上にあったパンをくわえ、クローゼットから取り出した上着を羽織る。



 その仕草は、どことなく急いでいるようにも見えた。



「実様……何をするおつもりで?」



 嫌な予感を(いだ)きつつ、ハエルはおそるおそる訊ねた。



「何って、ただの事後処理。」



 パンを頬張りながらカーテンと窓を開け放ち、実は簡潔に答える。



 事後処理程度なら、さしたる危険もないだろう。



 そう思って少し肩の力を抜いたハエルだったが、その後ごく自然に続いた実の発言に度肝を抜かれることになる。



「ついでに、西の森で野暮用が。」

「西の森って、まさか…っ」



 ハエルは息をつまらせる。

 この街の人間が西の森に用があると言ったら、目的など一つしかないからだ。



「例の儀式をするつもりですか!? いけません! そんな回復しきってない状態で……死にますよ!? 正気の沙汰じゃありません!」



「正気の沙汰って……」



 ハエルが必死に訴えるも、実は苦笑するだけだ。



「大丈夫だって。これでもある程度魔力は回復してるし、これから補給もしに行くから。儀式自体も、俺からしたら大したことじゃないさ。それに―――」



 ふと、その声のトーンが下がった。



「なんか、暴走してる気とは違う厄介なものが近付いてきてる。とても、俺一人では守れないよ。さすがに、死体がごろごろと転がる場面は見たくないな。ハエルもそう思わない?」



「……何を根拠に、そうおっしゃるんですか?」



「的中率百パーセントの、虫の知らせってやつ?」



 馬鹿みたいなセリフを、実は爽やかな笑顔で言ってのける。

 ハエルは二の句も告げずに、実の真意を探るためにその表情を観察した。



「ってなわけで、連れてって?」



 ハエルが得られた情報は、実に引く気はないということだけ。

 少しの間黙り込んでいたハエルは、やがて諦めて息を吐いた。



「なんだか、そういうテコでも動きそうにないところは、この家の皆様、見事に一緒ですね……」



「仕方ないね。遺伝だよ、それは。」



 ひょいと(また)がってきた実に、ハエルはやはり息をつくしかなかった。



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