第74話:神、光の「帰還(ログ)」に消ゆ
宿屋の屋上で、夜明け前の紺碧の空を仰ぎ、吾輩は
管理者の正装たる黄金の衣を纏った。
ルナリエが隣に控え、手慣れた動作で神界への
転送ゲートを座標固定する。
眼下には、涙を堪えて立ち尽くすカイルと、
騒がしい口を閉じて静かに見上げる神々の姿があった。
「カイルよ。泣くな、顔を上げろ。
貴様の瞳に映るこの世界は、もはや吾輩が
指先一つで書き換えるだけのデータではない。
貴様らが生き、足掻き、勝ち取った真実だ。
それを守り抜くのが、真の勇者の務めであろう」
吾輩の足元から、物理法則を超越した黄金の光が
波紋のように広がり、天へと太い柱を伸ばした。
王都の街並みが、その神々しい輝きに照らされる。
カイルは堪えきれずに一歩前へ踏み出し、
喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「アスタロ様! 僕は、僕は忘れません!
貴方が教えてくれたこと、貴方が救ってくれた
この世界のすべてを! 必ず、必ず魔王を倒し、
いつかまた貴方に胸を張って報告します!」
ヴィータも鼻をすすりながら、不器用な笑みで
「元気でね、鬼の上司さん」と小さく手を振った。
セレスは、吾輩が最後に残した特大の干し肉を
抱きしめながら、その目から大粒の涙を零している。
「フン。無駄な感傷はやめよ。吾輩はただ、
自らの玉座に帰るだけだ。ルナリエ、執行せよ」
「承知いたしました。アスタロ様。
……いえ。我が主。次元転送、開始します。
この世界の物語の続きは、彼らの勇気に
委ねましょう。我らは管理者の務めに戻ります」
ルナリエの静かな詠唱と共に、光は爆発的に輝き、
吾輩の視界から王都の景色を白く塗りつぶした。
カイルの叫び、セレスの泣き声、ヴィータの祈り。
それらすべてのログを愛おしく抱えながら、
吾輩の意識は高次元の神界へと吸い上げられていく。
光の柱が天を突き抜け、静かに霧散した後に残ったのは、
瑞々しい朝露に濡れた、美しい一日の始まりだった。
勇者は剣を握り直し、神は空腹を抱えて立ち上がる。
神無き後の大地に、新たな伝説の一頁が刻まれた。
吾輩は神である。
そして、これからは神界のモニター越しに、
愛すべきバグだらけの仲間たちが紡ぐ未来を
誰よりも厳しく、誰よりも優しく見守り続ける、
この世界の唯一無二の創造主である。




