第73話:神、勇者に「自立」を宣告する
魔族領から絨毯で数日。吾輩たちは懐かしき王都の
門をくぐり、馴染みの宿屋へと戻ってきた。
久しぶりのふかふかのベッドとまともな食事を堪能し、
数日間ののんびりとした休息を経て、吾輩は
朝食の席で静かに紅茶を啜りながら切り出した。
「ふむ。デバッグも一段落したな。そろそろ吾輩も
本来の居場所である神界に帰るとしよう。
ルナリエ、未処理の管理ログを整理しておけ。
荷造りの準備を開始するぞ」
吾輩の唐突な帰還宣言に、カイル、セレス、
そしてヴィータの三人が、椅子から転げ落ちんばかりに
驚愕し、口々に問い詰めてきた。
「アスタロ様、本気ですか。魔王はどうするんです。
四天王を封じただけで、親玉を放置して
帰っちゃうなんて、あまりに無責任ですよ」
「そうだぞアスタロ。魔王はボクが連れてきた
連中の瘴気から生まれた、ボクの負の遺産なんだぞ。
あんな禍々しいバケモノ、ボクらだけでどうにか
できるわけないじゃないか。君がいなきゃ、
ボクはこの世界ごと飲み込まれちゃうよ」
ヴィータが涙目で訴えるのを鼻で笑い、吾輩は
ティーカップを置いた。黄金の瞳を細め、
まっすぐにカイルを見据える。
「本来、神が直接世界に干渉すべきではないのだ。
四天王というイレギュラーを排除した今、
魔王を倒すのは神の仕事ではない。
カイル、この世界の未来を切り拓くのは、
勇者である貴様、お前の役目なのだぞ」
「僕の、役目」
「案ずるな。貴様は一人ではない。
そこらで騒いでいる貧乏神や生命神も一緒だ。
それと、これも受け取れ。これまでの旅で
貴様が討伐の報酬として得た、報奨金の残りだ。
軍資金として有効に使うがいい」
吾輩は、ずっしりと重い革袋をカイルの手へ渡した。
カイルはその重みを受け止め、震える声で
「アスタロ様」と感極まった表情を浮かべる。
お前はもう立派な勇者だという感動的な空気が流れる。
だが、その後ろでは神々が台無しな声を上げていた。
「ちょっとアスタロ。ボクらの分のお金は。
なんでカイルに全部渡しちゃうのさ。
ボクがここまで案内した手間賃とか、ちゃんと
清算してくれないと困るよ、ブーブー」
「そうだよ。私もお菓子代が足りないよ。
アスタロだけ神界に帰ってずるい。
置いていくならもっとお肉を置いていってよ」
吾輩は神である。
今日からはこの世界のルールであり、
感動の別れを台無しにする仲間たちの文句を背に、
勇者の背中を最後に一度だけ力強く押し、
管理者の座へと帰還する準備を整える創造主である。




