第72話:神、魔族領の「事後(ログ)」を放棄する
白亜の館に響いていた激しい打撃音は止み、
そこには地面に膝を突き、キラキラした目で
ルナリエを見上げるムキムキの女傑の姿があった。
吾輩は、四天王全員への付与完了を示す
管理パネルのチェックマークを確認し、
深い安堵と共に大きく伸びをした。
「ふむ。これでバグのデバッグはすべて完了だな。
長かったが、ようやくデータ上の不備は
物理的に取り除かれた。よし、
とりあえずいったん王都に戻るとしよう。
美味い酒と、ふかふかのベッドが恋しいわ」
吾輩が帰還を宣言する背後では、ヘルガが
ルナリエの裾を掴まんばかりの勢いで
食い下がっていた。
「師匠! お願いです、私を弟子にしてください!
その魔力に頼らぬ、筋肉の真理を突いた
究極の体術を、私に継承させてください!」
「お断りします。私は公務員であり、
私塾を開くような余分なリソースは
持ち合わせていません。手を離してください。
業務妨害でこれ以上の制裁を加えますよ」
ルナリエが冷徹に一蹴するが、ヘルガは
その冷たさ、痺れる、とさらに目を輝かせる。
地獄のようなやり取りを横目に、ヴィータが
不安げに魔族領の空を見上げて口を開いた。
「ねぇ、アスタロ。あれ。放出された魔力で
おかしくなっている周辺の生態系とか、
残留汚染の調査はしなくていいの?
温泉街や獣人の国みたいに、酷いバグが
起きてるかもしれないよ?」
「構わない。どうせここは魔族領だ。
吾輩の管理リソースではないし、
魔王の所有地に神が手を貸す義理はない。
自浄作用に任せて放置しろ。効率が大事だ」
吾輩のあまりに無責任な回答に、ヴィータは
頬を膨らませて猛烈に抗議し始めた。
「ひどいよアスタロ! 無責任すぎる!
ボクがせっかく仕事を紹介したのに、
最後は全部丸投げなんて。神様として
ちょっとは慈悲の心を持ちなよ!」
そこへ、勇者カイルが、恐る恐るという
様子で吾輩に問いかけてきた。
「あ、あの。アスタロ様。四天王は
封じましたが、魔王はどうするんですか?
放置して帰ってもいいんですか?
あいつが何か企んでいたら大変ですよ」
「魔王か。それも後だ。まずは帰るぞ。
管理者の休憩時間は、世界の存亡よりも
優先されるべき神聖な権利なのだ。
よし、吾輩が絨毯を展開する。全員乗れ!」
吾輩は懐から布を投げ、空中へ絨毯を広げた。
今日からはこの世界のルールであり、
四天王を無力化し、魔族領の汚染を無視して
有給休暇のような帰還を強行する、
最高に自分に甘い創造主である。




