第71話:神、女傑の「完敗(ログ)」を上書きする
白亜の館の石床が、激しい衝撃に何度も悲鳴を上げた。
だが、その騒音は唐突に止まり、立ち込める土煙の
中から、無傷で眼鏡の位置を直すルナリエと、
大の字になって床に沈むヘルガの姿が現れた。
女傑の全身は、打撃ではなく急所を的確に突かれた
ことによる神経の麻痺で、指一本動かせない。
「はは、ははは! 完敗だ! 参った!
この鋼の筋肉を、紙切れのようにいなすとは。
貴様のその無駄のない動き、もはや芸術だな。
約束だ、何でも好きにするがいい。
去勢でも封印でも、この肉体で受けて立とう!
そして願わくば、私を貴様の弟子にしてくれ!」
ヘルガは負け惜しみ一つ言わず、むしろ
晴れやかな表情でルナリエを師匠と呼び仰ぎ見た。
その潔すぎる態度に、吾輩とヴィータ、そして
セレスは、互いの肩を組んだまま、小刻みに
震えながらルナリエの背中を見つめていた。
「おい、ヴィータ。セレス。誓え。
今日この時を以て、ルナリエには絶対に
逆らわぬと。あんな怪物を赤子のように
あしらう秘書など、吾輩の設計図には
存在しなかったぞ。怒らせたら終わりだ」
「うん。ボク、明日からはルナリエさんが
朝食を抜きにすると言っても、絶対に文句は
言わないよ。アスタロ、ボクら神なのに、
なんでこんなに怖いんだろうね」
セレスも、口に詰め込んでいたお菓子を
飲み込むことすら忘れ、涙目でコクコクと
頷いている。勇者カイルにいたっては、
自分もいつかあんな風に事務的に処理される
のではないかと、青い顔で縮こまっていた。
「アスタロ様。合意が取れました。
速やかに二つの付与を執行してください。
対象の筋肉の収縮率が低下する前に、
正確な座標にパッチを当てるのが効率的です」
ルナリエが淡々と促す。吾輩は引き攣った笑みを
浮かべながら歩み寄り、横たわるヘルガの
胸元に、黄金のデバッグの光を叩き込んだ。
「よし。ルナリエの言う通りにするぞ。
ガウルと同様、魔力放出路を完全封鎖!
さらに一代限りの去勢措置を適用する!
これにて、四天王としてのデータ増殖は
物理的に不可能となった。完了だ!」
黄金の光がヘルガの巨体を包み込み、
彼女の魂の奥底に、二度と外れぬ管理者の
枷を刻み込んだ。だが、付与を受けたヘルガは、
絶望するどころか、ルナリエを見つめて
頬を赤らめ、目を輝かせていた。
「師匠! 今の光、素晴らしい刺激でした!
魔力が消え、身体が軽くなった気がします!
これから一生付いていきます、師匠!」
「アスタロ様。付与の定着を確認しました。
ですが、対象が私のことを師匠と呼び、
事あるごとに筋肉をピクつかせるのは、
今後の業務上の重大な障害です」
吾輩は神である。
今日からはこの世界のルールであり、
最強の女傑を完膚なきまでに制圧した秘書の
背中を、畏怖の念と共に頼もしく見つめ、
四天王すべてのデバッグ完了を確信する、
小心者の創造主である。




